TOUGH COOKIES Vol.6

「この人は私がいないとダメ」と相手に尽くしてしまうのは、ただの独占欲から。次第に執着心に発展し…

「本当に…洋子さんとの間にトラブルが起きるなんて考えたこともありませんでした。騒動が起きる直前、本当に数日前まで私の芝居のことを褒める連絡をくれていましたし。だから裏アカが流出したと知っても、洋子さんのことは全く疑っていなかったんです。

でも、さっきルビーさんが言ったみたいにそもそも鍵アカですし、存在自体も鍵アカに参加してる洋子さんとヘアメイクさん…2人以外は知らないはずのもので。だからもしかしてうっかり誰かに話したりしていないかって、まずは洋子さんに確認しました。

そしたらあっさりと…自分が流出させたし拡散させたと」

「直接連絡して聞いたんですか?」

「はい、電話で。だから洋子さんがどんな顔をしていたのかわからないんですけど、その声も喋り方も、拍子抜けするほど、今までと変わらず穏やかで優しくて」

「流出させた理由はなんだと?」

「家業がうまくいかずにお金に困っていたそうです。そんな時に週刊誌の記者から連絡が来たらしくて。東条みず穂の裏アカについての情報を知っていたら高く買うから教えてくれと。私が誤爆した直後に…」

みず穂の誤爆とは、みず穂自身が裏アカと間違えて、同世代の元アイドルの演技を公式のアカウントでディスってしまったものだ。事務所がすぐに消去したものの、その直後に裏アカが流出するという騒ぎにつながった。

世の中では、SNSの誰かが突き止めて暴いたという情報が流れていて、まさか元マネージャーが暴露したものだとは思われていない。

「大金と引き換えに裏アカの存在を話して、私の投稿のスクショを渡したと言われました」

「お金以外の理由はなかったのか…それ以上は聞かなかったのですか?」

「聞きました。でも何度聞いてもお金が欲しかっただけだと。もし訴えるのなら訴えてもらっても構わないとも言われました」

そうして会話は終わり、以来何度かけても電話は通じなくなった。みず穂から事情を聞いた今の事務所のスタッフが連絡した時には、番号が使われていないというアナウンスが流れたという。

「訴えるの?」

ルビーの声は優しかった。みず穂は首を横にふった。

「裁判なんて週刊誌を喜ばせるだけ。訴えた瞬間に面白おかしく記事にされて騒ぎが大きくなってしまう、というのが今の事務所の判断です。

洋子さんを刺激してこれ以上の暴露を始められたらこまると。それに私自身ももう疲れてしまって、闘う気力がありません」

「確かに、悪質コメントの主を開示する裁判ならやる意味けど、今回は名誉棄損で勝ったとしても騒ぎは落ち着かないだろうし、みず穂ちゃんの状況は改善しないよね。静かに時間が過ぎるのを待つのが一番いいのかなぁ」

記者にもマネージャーさんにもホント腹立つけど…とルビーは心底もどかしそうに、それでもあきらめきれない様子でともみに聞いた。

「でもこのままじゃ悔しすぎない?もしともみさんが今のみず穂ちゃんだったら…どうする?」

「私だったら?」

「そう。聞いてみたい。確かに最初の誤爆はみず穂ちゃんの自業自得だよ?でも信頼できる身内だけの鍵アカっていう閉ざされた空間で、愚痴や悪口を吐き出すのがそんなにダメなこと?

だって人生で悪口を言ったことない人なんていないでしょ?それがバレたからって活動自粛までしないといけないの?」

不満で仕方ないというルビーの口調に、ともみは小さな笑いを浮かべて言った。

「それは、表に出る仕事をしていない人の理論だよ、ルビー」

グラスに落とされていたみず穂の視線がゆっくりと上がる。

「俳優でもアイドルでも、インフルエンサーって言う人達も。自分を商品にする人気商売を選んだんなら。たとえ鍵アカだったとしても、バレたら困ることを書き込むなんて覚悟が足りないと私は思う。

私は鍵アカを持つことなんて考えたこともなかったよ。今の時代、鍵なんて存在しない。一度SNSに残したものは全てバレると思わなきゃ。しかも人気が上がる程暴かれるリスクが上がる。今回だって、みず穂さんが国民的人気女優だったから、情報は高値で取引されたんだし、燃えて燃えて燃え広がった」


みず穂は唇をかんだ。

わかっている。いや、わかっていたはずだった。

国民的人気俳優だと言われる存在になったからこそ、今までよりずっと気を付けるべきだった。

SNSにおいてネガティブな情報は、ポジティブな情報の約6倍のスピードで広がっていくという研究結果が出ていることを、今の事務所に移った2年前に社長に説明された。

だからみず穂が公式SNSにポストする前には必ずスタッフのチェックを受けていたし、裏アカは禁止。既に裏アカをもっているなら削除するように言われた時、彼女は持っていないとウソをついてしまったのだ。でも。

「……寂しかったの」

言い訳が声になってしまったことを、「みず穂ちゃん?」というルビーの声でみず穂は気がついた。「何が寂しかったの?」ともう一度優しく問われると、胸にこみあげた熱に押し出されるように言葉が溢れた。

この記事へのコメント

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No Name
たった一度のうっかりミスが命取りになると言う事は多々あるよね。それを、私だけが悪いわけじゃないのにとかミスは誰にでもある事だから…等の開き直り的な考え方も良くないと思う。世の中にはミスが許されないケースの方が多い。パイロットがミスすれば墜落して多くの犠牲者が出る、医師看護師もミスが患者の死に繋がる場合も。 やってしまった事の反省と謝罪は真っ先に必要だったと思うから、ともみに言われるまで気付かなかったみず穂もちょっとズレてるなぁとも感じた。 CM等は特にイメージが大切だから今は無理だと思うけど、本当にお芝居が上手ならほとぼりが冷めた後いくらでも声はかかるはず。
2025/03/27 05:4033
No Name
ともみは言ったこと全てがどストライク過ぎて、すごいスッキリした!
2025/03/27 05:2827返信2件
No Name
被害者ぶったところで人生が好転することなんてないです
本当にその通りですね。すごいボリュームで読み応えもすごかったけれど、この連載では珍しく脱字(入力ミス) が目立っていて残念でした。多分、作者と入力する人は別だと思うけど、人気連載なので読み返すなどして防いて欲しいです。
2025/03/27 05:5624返信6件
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