2025.03.13
TOUGH COOKIES Vol.4何かが落ちた音にともみが視線を動かした先には、いつの間にかソファー席の方へ移動していたルビーがいた。
落ちたのは手にしていたマッチの箱のようで、おそらくテーブルのキャンドルが消えたことに気がつき火をつけに行ったのだろう。失礼しましたと言ったあと、ルビーは心配そうにともみに向かってパクパクと口を動かしてみせた。
みず穂がともみを攻撃しているように感じたのか、その口パクはおそらく「大丈夫?」と動いたと思われた。なんならそちらに助けに行きますけど?というルビーの勢いを目で制しながら、ともみはみず穂に向き合いなおす。
「騙されたとか、ハメられたとかいうのは随分物騒な表現だと思いますが…たとえそんなことがあったとしても、もう随分昔の話なので」
― そこまで調べたなんて。
21歳とは思えない用意周到さのようなものにも驚きながら、ともみはそれを顔に出さぬよう気を付けながらそう思った。
ともみが芸能界を辞めた6年前、みず穂は15歳で既に芸能界にいたわけだし、「一瞬でもそこそこ売れたグループ」にいたともみを知っていることは不思議ではなく、どこかの現場で一度くらい一緒になった可能性もある。
しかし、ともみがアイドルを辞めることになったきっかけは、よほどともみの近くにいた人でなければ知りえないことなのに。
― さすが人気女優。友達はいなくても、調べてくれる伝や方法があったわけだ。でもそんなことよりも。
「さっき、私が芸能界をやめた理由が東条さんと同じ…的なことをおっしゃってましたけど」
ということは。
「つまりそれは…あなたが無期限活動自粛に追い込まれた今の状況は、自分の間違えによるものではなくて、実は誰かに“騙され、ハメられた”結果だということでしょうか?」
ほんの一瞬だが、みず穂の瞳が揺れて潤んだように見えた。そのほんの一瞬が今日初めての21歳らしい表情のように思えて、ともみが次の言葉に悩んでいると、「ああああっ!もう!」とルビーが叫んだ。
まさかのタイミングのまさかの奇声にともみの制止が遅れた。その間に、ルビーは勢いよくカウンターに戻り、みず穂の隣に座り、ガッツリと彼女の手を握りしめて言った。
「みず穂ちゃん、アタシ、ルビー。ちな、22」
「え?」
「アタシ22歳ってこと。みず穂ちゃん21でしょ、ネットニュースで見たから知ってる。ほぼタメだから敬語はなし、ルビーって呼んでね」
おののくみず穂にニッコリとほほ笑んでから、ルビーは怒りを爆発させた。
「ダマすとかハメるとか、一番、ぜっっったい許せんのよ。誰にやられた?アタシがシバキ倒してやりたいっつーの!!
「…ルビーそういうことじゃないの、立ちなさい、早く!すみません、東条さん…」
言葉を失いルビーを凝視するみず穂とデジャブ…と頭を抱えそうになったともみを気にせず、「ムカつくからとりあえず飲も!ともみさん、アタシにもなんかお酒ください!」とルビーは鼻息荒く言った。
◆
「あら、友坂のとこの坊ちゃんじゃないか」
ルビーにより、ともみとみず穂が混乱に陥っていた丁度その頃、TOUGH COOKIESから徒歩10分程のところにあるBAR Sneetで、光江は久しぶりの人物と遭遇していた。
「そろそろ、その坊ちゃんっていうのやめてくださいよ。大輝です、だ・い・き」
友坂大輝。日本有数の名家の1人息子で、その父と光江が古くからの付き合いだということもあって、28歳になった今でも坊ちゃんと呼ばれている。
大輝はカウンター席にいた光江にお隣いいですかと聞きながら、その返事を待たずに並んで座った。
「座っていいとは言ってないだろ。これだから自分の容姿に自信がある男はいやだねぇ」
光江のイヤミも物ともせずほほ笑んだ大輝は、店長にジントニックを頼んでから言った。
「そういえば、オレ、光江さんに聞きたいことあったんだ」
「ただじゃ喋らないよ。一杯奢りな」
西麻布の女帝と呼ばれる光江には、政財界の大物から闇社会のボスまでが相談にくる。その相談料は、光江がその日飲みたい酒を一杯おごる、というもの。
ただし、相談を持ち掛けたところで必ず受けてもらえるとは限らないし、そもそも光江は常にこのSneetにいるわけではなく、会えたらラッキーといういわばレアキャラだ。
「もちろん奢らせていたきます」
と、大輝が芝居がかって頭を下げると光江は、今日はワインの気分だねぇ、と店長からワインリストを受け取り、そのページを生き生きとめくり始めた。
「で、聞きたいことって?」
「え?もう話しはじめていいんですか?まだワインも決めてないのに」
光江がにやりと笑った。
「話の内容によって、どのワインにするか決めようと思ってね」
だからとっと話しなと急かされた大輝は、じゃあ…と切りだした。
「はぐらかさないで本当のことを教えて欲しいんですけど。光江さんが新しい店をともみちゃんに任せた本当の理由はなんなのかなぁって」
「本当のって、どういう意図の質問だ」
「お客さんは女の子だけでその子たちの話を聞くための店は、ともみちゃんの得意分野とはとてもいえない。でも、ともみちゃんは求められて引き受けたことなら、どんなに不得意なことでも役柄として演じて…やり遂げられる。
尊敬してやまない光江さんに求められたことなら、なおさら全力でやるでしょうしね」
「へえ、お坊ちゃんアンタ…思ったよりはともみのことを理解してんだねぇ」
光江の視線は、パラパラとめくるワインリストに落ちたままだ。
大輝が知っているのは、店のコンセプトとその店長をともみが任されたということだけだ。それ以上のこと…秘密保持契約書に守られているという店の詳細を探りたいわけでもない。でもだからこそ光江に直接聞きたかった。
「もしかして…光江さんは本当のことをともみちゃんに伝えてないんじゃないんですか?ともみちゃんに店長を任せた、本当の理由、をね」
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