2025.03.06
TOUGH COOKIES Vol.3「お客様がここでお話されたことは絶対に洩れません、というお約束を契約として交わすために弁護士の方に作っていただいたものです。もちろん私たちスタッフはこの契約書がなくても、ここで見聞きしたことを他言することなどありませんが…」
まずは読んでいただいて…という店長の説明を聞きながら小春はその書類に目を通していく。
小春の仕事はアメリカに本社がある大手スポーツ用品メーカーの営業職だ。日本独自の商品開発などに関わることも少なくないので、NDAとも呼ばれるこの手の秘密保持の契約書は見慣れたものではあるのだが、秘密を持つ側ではなく、共有される側が契約書を作るということは珍しいのではないだろうか。その上…。
「損害賠償、1,000万円」
万が一、店側の責任で客の情報が漏洩したと明らかになった場合、その損害賠償として最低でも1,000万円がその客に支払われると書かれていた。その金額設定が破格であることは法律の素人である小春にもわかるし、具体的な損害賠償額を契約書に書き込むなんて普通はありえないことだろう。
「…ここまでする理由は…?」
小春の疑問に、そう思いますよね、店長が笑いながら何かを取り出した。
「うちって変なお店でしょう。このショップカードには店の住所も連絡先も載せていないですし」
店長が取り出して見せたのは、小春があの日、SneetというBARでもらったものと同じショップカードだった。書かれているのは店名とQRコードだけ。そしてQRコードを読み込むと。
【BAR TOUGH COOKIES】―心が壊れそうな夜。踏み出す勇気が欲しい夜。そんな夜には当店へ。あなたの決断をお手伝いします―
あの文章のページへ飛ぶようになっている。そしてその文章の下に、ご来店ご希望の方はお電話をと電話番号が記されていて、電話をかけ住所を聞いた小春は今ここにたどり着いているわけだが。
「あの文章を読んで、この店に来たいと思うお客様ってほとんどいらっしゃらないと思うんです。警戒される方の方が多いかと。詐欺とか怪しい商売への勧誘が溢れかえっている世の中ですしね」
苦笑いした店長に、そうだと小春も思い出した。あの日一緒にこの店の紹介文をみた結衣は、変な勧誘の文章みたいで気持ち悪いと言って興味をもたなかったのだから。
「あのメッセージ読んでこの店を訪ねてくださる方には“何か”がある。うちはそんな“何か”がある方々のために作られた店なんです」
「何か、ですか…?」
「はい。あのメッセージが響くような“何か”…心が壊れそうな“何か”や、現状を変えたい“何か”。行き場のない葛藤、誰にも言えない秘密に苦しんでいらっしゃる方とか」
「でも、私の話は…そんな…」
確かに小春も今まで誰にも話せずにきた“秘密”は抱えている。それが苦しくてここに来た。
けれどこんなに本格的な契約書を見せられるほどのことでは…と気が引けた小春の不安を破ったのはルビーの「あ~もう、ちょっとちょっと~」という声だった。
「店長の話し方がカタいからさぁ~、お姉さん…じゃなくて富崎さんが困っちゃってるじゃぁん。っていうか富崎さん、下のお名前なぁに?」
ルビー、失礼でしょ!という店長の静止も聞かずに、ルビーは小春の隣によいしょと座ってから、もう一度、下のお名前は?と聞いた。
「…こ、小春、です」
「じゃあ、小春ちゃんって呼んでもいい?」
「え?あ、は、は、い、大丈夫です…」
「ルビー、今すぐ立ちなさい。お客様の席に座るなんて…」
「私はルビー。本名だよ♡で、この店長さんはともみさん」
「ルビーやめなさいってば!…うちの子がすみません、富崎さん…」
「い、いえ、大丈夫です」
「まあまあ、ともみさん落ちついて♡」
店長が怒り、小春が呆気にとられるなか、ルビーはニコニコと続けた。
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