2025.01.13
1LDKの彼方 Vol.4チコが焦るのも仕方のないことだった。
俺と瑛介が慌ててチコについて行くと、エントランスから続く階段の下で、モデルの女の子がうずくまってスタッフから介抱を受けていた。どうやら雨で濡れた床に滑って、階段から転落したらしい。
「すみません…すみません…」
そう小さく繰り返すモデルの額にはうっすらと血が滲んでいて、たとえケガが大事でなくても、撮影に支障が出ることは明らかだ。
「とにかく──病院行ってもらって、こっち代役探すから」
チコに指示を出しながら、俺はスタジオの暗闇の中へと戻り、思わず頭を抱えた。すぐに気持ちを切り替えて、カバンの中の資料を大急ぎで確認していく。
今日のCM撮影にあたり、今のモデルと同じエージェンシーにいる子には全て目を通した。その上で、スポンサーのイメージに合う子がいないことは既にわかっている。
今から代役を立てるのは、どう考えても無理難題だった。
「やばいわコレ…。今から改めてタレント探して、代役立てて…って。誰か見つかったところで、スポンサーのチェックもできないまま撮影なんてできないし」
年末年始を挟んだ案件ということもあり、スケジュールにはただでさえ余裕がない。
けれどその時。冷や汗を滲ませる俺に向かって、瑛介が言った。
「いや。今からクライアントの社長さんと広報担当さんとか諸々来るから、手あたりしだい代役を集めれば、もしかしたらOK下りる可能性あるかも」
「…確かに。なくはないか」
クライアントは、新興の引っ越し会社だ。一代でのし上がったオーナー社長のトップダウンで、決定はシンプル。先ほどケガしたモデルもたしか、単純に社長の好みだという独断で決定した経緯だったはずだ。
同じタイプのタレントをピックアップできさえすれば──瑛介の言うとおり、この場で許可を取り撮影が進められる可能性は、ゼロではないかもしれなかった。
― だけど…どうやって探せばいい?ぴったりな代役なんてどこにいる?
さっきまでの明里を想う甘い気持ちはどこかへ吹き飛び、俺は頭をフル回転させる。
今回のCMには、セリフはない。大切なのはビジュアルのイメージだ。
身長は低め。折れそうな華奢な体つき。清楚な長い髪。
つんと上向きの小さな鼻。厚めのくちびる。少し離れ気味で、長いまつ毛に縁取られた色っぽい垂れ目──。
と、そこまで考えて、俺はハッと顔を上げた。瑛介が歩み寄る。
「誰か思い当たるのか?」
「うん。読者モデルやってる、ほとんど素人の子だけど…ビジュアルはバッチリだと思う」
俺の脳裏に浮かんだ子は、年齢も20代半ばという条件にも当てはまる。
そういえば去年の11月に彼女に出会った時、密かに「今度の案件のモデルさんに似てるな」なんて思ったのだった。
それに、住んでいる場所は松濤のはずだ。都合さえ合えば、今すぐこの神泉のスタジオまで来てくれるかもしれない。
俺は大急ぎでスマホを取り出し、LINEの「友だち」リストをスワイプする。
「歌織ちゃん、歌織ちゃん…あった!」
善は急げだ。画面を押し進め、音声通話をタップしようとした───その時。
差し込んだ一筋の光の前に、明里の顔が雨雲のように立ち込めた気がした。
― いや、でも。やっぱ…明里になんか言われるかな。
「なんだって?来られるって?来られるなら俺、事前にあちらの社長に連絡入れるよ」
そう言って画面を覗き込む瑛介に、俺は言い淀む。
「いや…。この子ちょっと、訳アリっていうか…」
「はぁ?それは先方が聞いてから決めれば良くない?とりあえず誰も準備できませんでしたはマジでナイから。条件合うならどうにか呼んでよ」
「うん、…だよな。わかった。聞いてみる」
顔を歪めて俺に詰め寄る瑛介の言い分は、広告マンとしては当然の主張だ。ただの私情で無下にすることはできない。
四方から非情な現実が迫り来る暗闇の中で、俺は煌々と光るスマホの画面をタップし耳に当てる。
こんな状況だ。明里には、事後報告になるけれど仕方がない。
優しい明里ならきっと、笑って許してくれるに決まってる。
▶前回:「家族に紹介してほしかったのに…」年末年始は、彼氏と過ごせなかった29歳女の憂鬱
▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら
▶Next:1月20日 月曜更新予定
亮太郎が声をかけた相手。それは、明里にとっては最悪の人物だった
よく分からないけどわざわざ報告する必要あるのかな。仕事は仕事だから! あと明里を好きな気持ちは十分に伝わってくるんだけど、亮太郎若干独りよがりかな…手料理の件とか彼女の立場に立って何も考えてない感じがなんだか残念。
でも仕事上の助っ人なのだし仕方ないよねぇ。明里に話さなくてもいいような気もするし。
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