1LDKの彼方 Vol.3

「家族に紹介してほしかったのに…」年末年始は、彼氏と過ごせなかった29歳女の憂鬱



そこまで話すと、菜奈は再び大きな声を上げた。

「ええー!ねえ。ちょっと私、ドン引きなんですけど!」

「ちょっと菜奈、声が大きいって…」

菜奈をたしなめながら、私はつい眉をひそめる。

自分でも身勝手だと思うが、多少の違和感はあるとはいえ、亮太郎は大好きな彼氏なのだ。他人からけなされれば、自分を差し置いて腹が立った。

「そんなふうに言わないでよ。色々愚痴ったけど、ドン引きってほどじゃないんだよ。
多分亮太郎は何にも考えてないだけで…優しいし、大事にしてくれるし、私にとっては最高の彼氏なんだから」

腹立ち紛れにそう弁解するけれど、次に菜奈から返された言葉は、私の予期したものとは違っていた。

「違う違う違うよ、亮太郎くんじゃないって。私がドン引きしてるのはさ、明里にだよ」

「…へ?」


菜奈はデスク越しにぐい、と身を乗り出しながら、険しい表情を浮かべる。

「いい?私は同棲経験ナシで結婚しただけだから、状況は色々違うかもしれないよ。でも、これだけは言える。

言わなきゃなんにも伝わんないの!グチグチグチグチ心の中で不満を溜めてるだけじゃダメなんだよ」

「でも…」

「お互い好きとはいえ、全くの他人同士が共同生活をするんだよ。うまくいかないことや、不満や違和感があって当然だよ。

大の大人が一緒に暮らすのって、家族とだって大変なんだから。…明里ならわかるでしょ」

「うん…そりゃ、ああいう家族だし」

私の家族問題についてよく知っている菜奈の一言に、思わず肩をすくめる。

そんな私の様子にハッとしたのか、菜奈は言葉を緩めた。

「とにかく、ちゃんと話したほうがいいよ。亮太郎くんが何も考えてないっていうけど、彼のそういうのんびりしたところが好きなんだもんね。多少は明里の方がリードしないと。

もうすぐ30歳で同棲。これって結婚の予行練習でしょ?小さな違和感のうちに解消しておけば、大きなすれ違いを防げるってもんよ。だから、いまのうちにちゃんと話すといいよ。それでダメならそもそもダメなんだし、勇気出さなきゃ」

「うん、そうだね。ありがとう」

労わるような優しい口調でアドバイスをくれる菜奈に、私は微笑みながらお礼を言う。けれど私はその実、わかったフリをしていた。

誰もが菜奈みたいに強いわけじゃない。

誰もが菜奈みたいに、年上の恋人の方から結婚を熱望されて、愛情豊かな家族から祝福してもらえるわけじゃない。

誰もが菜奈みたいに、「一生ひとりの人生なら、それはそれでOK」なんて割り切れるわけじゃない。

自分の家族にいい思い出がない私はその反動なのか、絶対に絶対に、あたたかい家庭を持ちたいのだ。

亮太郎みたいな、穏やかで愛情深い人と。


亮太郎とケンカなんてしたくない。

一緒に住んでる相手に、居心地が悪いなんて思われたくない。

そのためには、大したことでもない不満をヘタに口に出すより、できるかぎりの努力をしたほうがいいと、私は思う。

とくに、あんな過去があった亮太郎には、何の心配もない穏やかな時間を過ごしてほしかった。

私が絶対、亮太郎を幸せにする。

「なんか、冷静になってみたら偉そうにいろいろゴメン。でも、ほかにグチは?明里はすぐに溜め込んじゃうから。発散できるなら、この際なんでも言っちゃえ!」

鼻息荒い先ほどとは打って変わって、ションボリと体を縮めながら尋ねてくる菜奈の様子に、私はつい吹き出しそうになる。

家族との折り合いは悪いものの、こんなふうに本気で私のことを心配してくれる憎めない親友に恵まれたことについては、神様に感謝していた。

「うーん、そうだなぁ。強いて言えば、私はこの同棲をスタートさせる時に亮太郎を家族に紹介したのに、向こうはまだご家族を紹介してくれないこと?

この年末年始も、実家には亮太郎ひとりで帰っちゃったし」

「それは、同棲して2週間なら、まだ焦らなくて平気でしょ。大丈夫!来年のお正月には、明里も亮太郎くんの実家でおせち食べてるって!」

「うん、そうだといいんだけど」

気を取り直してスタバのソイラテのカップを傾ける菜奈の手で、またしてもダイヤモンドがきらりと瞬いた。

既婚者の菜奈が言うのだから、きっとその通りなのだろう。


▶前回:年上彼女から、“ボッテガのキーケース”をプレゼントされた男が困惑したワケ

▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら

▶Next:1月13日 月曜更新予定
「自分が亮太郎に合わせればいい」と決意する明里。一方の亮太郎は…

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この記事へのコメント

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No Name
明里は料理好きで今までも「自分がそうしたいから」と言ってたので、涼太郎は何の悪気もなく自分の分も有ると思い簡単なものでと言っただけだよね。 “言わなきゃなんにも伝わんないの!” 菜奈の言う通り。穏やかで愛情深い人とケンカしたくないにしても、言いたい事全て溜め込んで最終的に爆破させるよりはずっといい。
2025/01/06 05:2438返信3件
No Name
何故、不満を口にすること=ケンカとなるのか意味が分からない。
ケンカにならない伝え方をすればいいのでは?
亮太郎はそんなすぐに怒るようには思えないんだけど。
2025/01/06 07:0527返信1件
No Name
小さな解釈の違いで溝が深まってしまう感じ?言わずにモヤモヤしてるのとか、すごくもどかしい。彼側の気持ちを読むと全然違うから...。 お互いに辛い過去を抱えているからこそなのかな、切ない。
2025/01/06 05:1622返信1件
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