2024.11.04
恋のジレンマ Vol.10「ほら。お父さん、顔が広いから。海外にもたくさん知り合いがいて、華道教室の話をしたら、興味を持ってくれる人がいたみたいなの」
華道になど一切関心を示さなかった彰浩の協力的な姿が、彩花には想像つかなかった。
「それでもう、サンフランシスコでは教室を開く準備が始まってるんだって」
「そんなトントン拍子に…」
「ううん。結構な時間をかけて進めてたみたいだよ。私が大学を卒業して、落ち着いて、教室を任せられるようになるのを待っていたみたい」
「ってことは、お母さんとお父さんは密に連絡を取り合ってたってことでしょう?なんで離婚なんて…」
夫婦仲が改善に向かうような、建設的な意見が出ていたのではないかと思ってしまう。
「別れることも、かなり前から決まってたみたいだよ」
「別れるのがわかってて、なんで協力できるのよ…」
「それはやっぱり…夫婦だからじゃない?」
夫婦のつながりが形式的な関係だけではないとの意図を伝えたいのはわかるが、彩花は腑に落ちない。
「別れるから終わりっていう、単純なものじゃないんだよ。きっと」
「なにそれ。理解できない…」
「理解できなくて当然だよ。だって、私たちが生まれる前から夫婦だったんだから。長い時間をかけて積み上げてきた、2人にしかわからないものがきっとあるんだよ」
涼花の言葉が、スッと胸の奥に入ってくる感覚があった。
― 積み上げてきたものが、崩れてなくなってしまうわけじゃないのか…。
彩花は、夫婦が離れてしまうことで、すべて台無しになるような印象を受けていた。しかし、それは誤解なのかもしれないとの思いが浮かぶ。
積み上げてきたものは、別れという転機を経てまた別の形をなし、消えることなく2人の中にあり続けるのかもしれないと…。
言葉で表現するのは困難な、夫婦という枠に囚われない、もっと別の関係を築きあげようとしているのかもしれないとの新たな気づきに至った。
ふと、昼間に花展を訪れた際に目にした佑美のいけた花が、彩花の脳裏に浮かんだ。
◆
翌日。
彩花は、再び花展を訪れた。
佑美の作品の前に立つ。
個性を放つ4種の花が、花器の上でひとつにまとまる生き生きとした造形は、自分たち家族を想起させた。
家族それぞれが別の方向を向き、足並みがそろわないながらも、絶妙にバランスをとり、調和が保たれていたことを実感する。
「彩花さん」
背後から声をかけてきた相手は、橋村だった。
彩花が呼び出したのだ。
「もう一度、この花を一緒に見ておきたくって」
彩花がそう言うと、橋村が傍らに立つ。
「僕もです。なんというか、ただ美しいだけでなく趣があるというか。僕なんかでは上手く言えないんですが…」
相応しい表現が見つからず、歯痒そうにする。
「曖昧でいいと思いますよ。私も、昨日見たのとはまた違った印象に感じるので」
― 『趣がある』か…。私も、そんな関係を築いていけるといいんだろうな。
両親のようでなくとも、自分らしくありながらパートナーとともに時を重ね、新たな関係を築き上げればいいのだと、前向きな気持ちが湧く。
彩花は首を傾け、「橋村さん」と呼びかける。
「この前の告白の返事なんですけど…」
突然の話題の転換に、橋村がサッと腰を引く。
居住まいを正し、あからさまに表情を強張らせる様子に、彩花は吹き出しそうになる。
「あの…」
彩花は少し出し惜しみをしながら、橋村の耳もとに顔を寄せ、囁くように答えを告げた。
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