恋のジレンマ Vol.6

バーで出会った清楚女性の“裏の顔”に遭遇。あまりのギャップに、29歳男は驚愕し…



智樹は、山岸が出場するというフィジークの大会にやってきた。

会場となっている総合体育館は、ほぼ満員の状態。ステージ上にいる選手に向けて、客席から声援が送られる。

「キレてるよ!キレまくってるよー!!」

「肩にメロンのってんのかーい!!」

やや癖の強い掛け声が多くあがり、まるで観客同士も競い合っているかのようで、熱気に満ち溢れている。

― すげえ盛り上がってんなぁ…。

智樹は圧倒されながらも、ステージ上の選手たちに視線を向ける。

現在、180cm以下級の出場者がパフォーマンスを披露しており、横一列に並ぶ選手のなかに山岸の姿があった。

鍛え上げられた見事な肉体。スポットライトを浴びることで筋肉の印影が際立ち、芸術作品のような美しさを見せる。

山岸は真剣な表情でポーズをとっては、時おり白い歯を見せて笑顔を決め、自信に満ちた視線を客席に放つ。

智樹も周囲に負けじと声援を送ろうとするのだが、上手いフレーズが浮かばず、気恥ずかしさもあってためらってしまう。

― もし俺があの場所に立つことになったら、どうなるんだろう…。

ふと、智樹は自分が大会に出場しているシーンを思い描いた。

披露した自身の肉体に湧き上がる観客、飛び交う声援を想像すると胸が高鳴るところはある。

しかし、未知なる領域に足を踏み入れる決断への、最後のひと押しとなるものがなかった。

― 次は女性の部か…。

山岸を含めた男性選手たちが舞台袖へと捌けていき、次のプログラムが会場内にアナウンスされた。

「続いては、女子フィジーク160cm以下級に出場の選手の入場です」

音楽とともに女性選手がステージ上に並び始めると、再び客席から大きな歓声があがった。

男性選手の放つ威圧感とはひと味違う、美しさを重視したような華やかさを感じる。

― ん、んん…!?

入場する選手たちを眺めていると、ひとりの女性に目が留まった。

見覚えのある女性だ。


智樹は前のめりになり、何度も目を瞬かせた。

― 嘘だろう…。梨穂さん…!?

ソムリエエプロンをまとった清楚な印象の梨穂が、まるで装いを変え、ビキニ姿で健康的な肌を晒しながら誇らしげにポーズを決めていた。



大会が終了し、智樹はロビーで出場者が出てくるのを待っていた。

― いやあ、驚いたなぁ。まさか梨穂さんが出場しているなんて…。

ビキニ姿でポーズを決める梨穂の姿が、目に焼きついている。アドレナリンが全身を駆け巡るような興奮が、今もなお冷めない。

躊躇していた掛け声も、いつの間にか大きく張り上げてしまっていた。そのせいで喉の奥が痛む。

― そうか。だから梨穂さんは、俺の体の変化にすぐに気づいたんだ。

ダイエットを始めた智樹に敏感な反応を示したのは、自らも肉体への意識が高かったからなのだと納得がいく。

そのとき、出場者専用のゲートから、着替えを終えた山岸が出てきた。

「山岸!お疲れ!」

智樹が声をかけると、満面の笑みを浮かべて近づいてきた。

「おお、森永!応援ありがとう!どうだ、楽しめたか?盛り上がってただろう?」

「ああ、すごかったよ」

「そうだろう。興味を持ったんじゃないか?」

「うん、まあ…」

会話をしているとすぐに梨穂が姿を現した。

声をかけようか迷っていると、脇を通り過ぎようとしたところで山岸が先に呼び止めた。

「梨穂さん。お疲れさま!」

「ええっ!梨穂さんと知り合いなの?」

すると、振り返った梨穂もまた、智樹の存在に気づいた。

「あれ…?森永…さん?」

梨穂も驚いた様子を見せる。

「知り合いもなにも。梨穂さんとは同じジムでトレーニングしているんだ」

「そうだったの!?」

そこで智樹は、自分が梨穂の勤めているワインバーの客であること、山岸は会社の同僚であることをそれぞれに説明する。

「意外と、近くに共通の知り合いがいたんですね」

梨穂がいつものように大きな目を細めて、にっこりと笑った。

「俺、こいつをジムに入会させようと思ってるんです」

山岸がそう言うと、梨穂が表情をパッと明るくした。

「そうなんですね!」

「あ、いや。まだ決めたわけでは…」

「そうだ。このあと、ジムのみんなで打ち上げに行くんですけど、森永さんも一緒にどうですか?ビアガーデンなんですけど」

「梨穂さん、ビール飲まれるんですか?」

「実は、飲むのはワインよりもビールのほうが好きなんです。大会が終わって、やっと飲めるから楽しみで」


「そうなんですか…」

「どうですか?一緒に」

梨穂の言葉を聞いて、足に絡みついていた重たい鎖が外れたような気分になった。

一気に視界がクリアになり、進むべき道が拓けたようにも感じられる。

「はい!行きます!」

梨穂の誘いに、智樹は声高らかに応える。

そしてジムへの入会についても、智樹はすでに、晴れやかな気持ちで決断していた。


▶前回:会社帰りに立ち寄った有楽町のバーで思わぬ出会いが。 大手IT勤務・29歳男はつい…

▶1話目はこちら:職場恋愛に消極的な27歳女。実は“あるコト”の発覚を恐れていて…

▶NEXT:10月14日 月曜更新予定
大手製薬会社のMRとして働く男。ある女性に好意を抱くがプライドの高さが災いして…

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この記事へのコメント

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No Name
年齢と共に痩せにくくなるから多くの人が苦戦しながらも体型維持に気を配っている中、ちょこっと走ってその足でワインバーで飲んで(プラマイゼロ)一か月で6キロも痩せた話されても...。
2024/10/07 05:4812
No Name
せめてミスターストイックの彼女が梨穂だったとかそんなオチがあったならまだしも。
2024/10/07 05:4910
No Name
今年の連載、願ったり叶ったりとかちょっとやったらすぐに効果が出て世の中チョロいみたいなのとか、諸々薄っぺら話が多いですね。
2024/10/07 06:188
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