2024.10.09
マティーニのほかにも Vol.12“リョウさん”というのは、このバーのマスターだ。
リョウの目の前にあるカウンター席に座るなり由依は愛おしそうな声を出す。
「ねぇ、リョウさん。好き!私と付き合ってください!」
彼は髭を蓄えた口元を“への字”に曲げながら、呆れたような表情を浮かべ、由依をにらむ。
「あのねぇ、由依ちゃん…。毎度毎度、ほかのお客様いたらどうするの」
「だから、迷惑かけないように、こうして誰も他にお客さんのいない開店すぐの時間に来てるでしょ。ね、えらい?えらい?」
「…まあ、早く座んなさい。注文何にする?」
「リョウさんをください♡」
「はい。ラムコークでいいね」
もう何度、こんなやりとりをしただろう。このバーに通い始めてから由依は、ほとんど毎週リョウに熱烈な愛情を伝え続けている。
コーラを注ぐリョウの姿を見つめながら、由依は切なさとときめきが入り交じったため息をつく。
筋肉質な手足。しかめっぱなしの顔。清潔に整えた口髭。つぶらで優しい瞳…。その全てが、由依の胸をときめきで締め付ける。
年は42歳で、由依よりも20歳も年上だ。けれど、そんなことは全く気にならない。
半年ほど前、退屈なゼミの飲み会を抜け出しフラッとひとりで入ったこのバーで、由依の体を稲妻のような衝撃が駆け抜けた。
その時こそが、由依がリョウに恋をした瞬間であり、初めて恋を知った瞬間でもあった。
差し出されたラムコークを飲みながら、由依はリョウに話しかける。
「美味しい!ねえ、リョウさん。そろそろ私と付き合ってくれる気になった?」
「由依ちゃん。何度も言ってるけどね、なにも俺みたいなオジサン選ばなくても。美人で頭もいいんだから、同年代でいくらでもイケメンがいるでしょ」
「だってぇ、同年代の男の子より、リョウさんの方がいいんだもん。ねねね、今飲んでるこのラムコークのカクテル言葉は?」
「“もっと貪欲にいこう”だよ」
「へえ。ところでリョウさんは、ブータンに行ったことある?」
「あるよ。随分前にね。タクツァン僧院っていう断崖絶壁にある寺院に馬で登ったよ」
「じゃあさ、あの文学賞の佳作読んだ?」
「読んだ。まさか古今和歌集をあんなふうに使ってくるとはね。正岡子規もびっくりだよ。ラストはレイモンド・チャンドラーの“長いお別れ”に影響受けている感じがしたよね」
「ほら、そういうところが好き。どんな話だって、誰よりもよく知ってるんだもん。こんな人、東大にだっていないよ」
「ただの年の功ってやつだよ。あとは、バーテンダーどんな話にでもついていかなきゃいけないってだけ。東大のお嬢さんとは世界が違うよ──」
リョウの言葉に、由依は身構える。
― ああ、また言われる。“あの言葉”を…。
由依とリョウのやりとりは、いつもこうだ。大きな愛を伝え続ける由依に対し、彼は全く由依に対して興味を示さない。
初めて店を訪れた時、一見するととてもインテリジェントには見えないリョウが、ありとあらゆる知識に精通しているのを目の当たりにした由依は、自分でも信じられないほど深い恋に落ちた。
けれど、どれだけ熱烈に口説いても、最後にリョウが発する言葉は決まっている。
「由依ちゃんは、物珍しさを好きと勘違いしているだけだよ。こんなに年上の男も、由依ちゃんのことを口説かない男も、今まで居なかっただろうしね。
20個も年下の女子大生なんて、俺から見たらヒヨコより小さいタマゴみたいなもんだよ…」
先週由依の印象はあまり良くなかったけれど今日読んでなんだか応援したくなったよ。
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