2024.09.20
1軒目での飲み会を終えても飲み足りない夜は、予約なしにフラッと寄れる“立ち飲み”がいい。
べつに出会いを求めてそこに行ったりはしないけど、それでも稀に、意識せざるを得ない相手に出くわすことも。
これは、恵比寿の街を練り歩く“人脈おじさん”が2軒目で体験した、夏の幻のような物語である。
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7月下旬、金曜の夜。その日は駐在が終わり東京に戻った後輩とその同期と久しぶりの飲み。
彼の希望は「旨い日本酒のある店」で、思いついたのは恵比寿の自宅から近くの新店。前を通るたびに気になっていた酒場だ。
久しぶりの和食と日本酒。料理を口にするごとに、彼はむせび泣くふりをして喜んでくれた。
酒も進み、昔のように盛り上がって22時。当然もう1軒、と思っていたが、家族が増えた彼らは変わっていた。
41歳、バツイチになって早3年。家に帰りたいと思っていた頃が懐かしい。2次会の提案もなくお開きというムードになり、各々が家方面へ散っていく。
週末は賑やかな分、ひとりが静かに感じ、カップルの姿がやけに目に入る。金曜の夜、人のデートは100倍眩しく見える。そろそろ本腰で再婚への婚活をする時か。
ちょっとした孤独を感じていた夜、偶然に隣に居合わせたのが彼女だった
まだ22時。駒沢通りを進んだ先が家なのに、自然と駅方面へ歩いていた。
向かうのは、お気に入りの酒場『呑喰らい~Don't cry~』。提灯の光に安堵して吸い込まれるように入店。
ひとり身の恵比寿住まいは家に帰りづらい。なじみの酒場がリビングのようになるからだ。
ここは内装がお洒落で近所に住む30〜40代の常連が多いから、ひとりでも心地いい。店は少々混み合っていたので入口で少し待つ。
ふと、カウンター中央の黒いワンピース姿の女性が目に入る。姿勢の綺麗なひとり呑み。
運良く空いたスペースへと案内されると、彼女の隣。
まだ顔はよく見えていないのに、少しだけ格好つけようとしている自分がいた。いやいや、飾っても意味がないと知った歳だ。
「とりあえず3冷ホッピーお願いします」
キンキンに冷やしたジョッキに、ボトルごとひっくり返されたホッピーが泡をたてて入っていく。なじみの店員さんと乾杯のポーズをとり、冷えた泡を喉に流す。
無意識に左側を意識してしまう、そんな自分に気づいて、焦る
グラスを置くと、彼女の手元が視界に入る。定番のポテトサラダを食べていて、見たら惹かれて頼まずにはいられなかった。
「ポテサラとタコさんウインナーください」
ほんの少し間が空いて彼女が口を開いた。
「あの、私もタコさんウインナーください」
つい反応すると、目が合ったので会釈をした。
想像以上の美女、美女以上にタイプ。平静を装いホッピーの続きを飲む。ひと口目よりも旨く、冷たさを腹で感じる。
「そうだ、アジフライが美味しい店もあって」
店員さんが思い出したように彼女に言う。どうやら恵比寿のオススメ店の話のようだ。
「家への帰り道。絶対行ってみたいです」
話の流れから、最近、彼女は恵比寿に引っ越してきたようだ。
恵比寿のいい店なら山ほど知っている。教えたい店があり過ぎるが、後輩たちに帰られてしまったショックが尾を引いていたのだろうか。
「ひとりで飲むのが好きかもしれないしな……」と、柄にもなく消極的な考えになる。
「タコさんウインナー」をきっかけに弾んだふたりの会話
すると、タコさんウインナーが同時にやってきた。
「かわいい〜!」と歓喜する彼女と笑顔で目が合う。ふたりで、「ですよね」と相槌のような視線。もうそれだけで穏やかな気持ちになっていた。
奇遇にも僕たちの目の前には、ポテサラとタコさんウインナーがそれぞれ並ぶことに。
同じ日に同じ店に入り、同じメニューを頼む。勝手にご縁を感じてしまうと同時に少し気恥ずかしく、話しかけた方が楽になる。しかし、迷惑だったら申し訳ない。
タコさんが残り1匹になった頃、ふと「タコさん、お代わりしようかな〜」と店員さんに冗談を言って、自分ですぐ取り消す。
突っ込む店員さんを見て、彼女が笑った。
「懐かしいですよね。お弁当を思い出す」
と、さりげなく彼女に話しかけるとすぐ反応が。
「私の家は運動会でタコさんが大集合して」
「それがいまではハイボールのつまみに?」
「はい、大人になりまして(笑)」
大人しそうに見えた彼女は、話し始めると人懐っこさも感じさせる。
それからタコさんウインナーの話だけで10分は盛り上がっただろうか?起源はなんだと気になり調べて、ふたりで「へ〜!」と驚いたりもした。(ある料理研究家が食の細い5歳の息子に食べさせようとしての工夫だったとか)
それでも、会話がひと段落すると、お互いお酒を口にして再び静かに。その沈黙も心地良く、互いがひとり呑みに慣れていてこそ出る余裕ある空気感が漂う。
次の会話の始まりが、むしろ楽しみになっていた。
「こちらはよく来られるんですか?」と、彼女の質問からまた会話が動き出した。恵比寿に住んでいることを話すと、オススメの店を聞かれたので、こう返す。
「どんなジャンルが好きかにもよるかな」
そこから食の趣味を聞くことになり、すると僕も好きなものや店ばかりで、恵比寿の話のはずが小気味良く脱線。
気づけばイタリアンから旅の話になって彼女が秋に海外ひとり旅を検討中と知る。その後は僕の海外での失敗話でひと笑い。
こんな風に話が弾むのも、カジュアルな立ち飲みだからで、あっという間に24時。
ほぼ同時にお会計をお願いして、彼女は先に店を出ようとした時に、「えっと、恵比寿のオススメって(笑)」と本題を話し忘れていたことに気づいた。
そう遠くはないうちに、きっとまた会える気がした
「こちらよく来るんですよね?また会ったら一緒に飲んでください」
連絡先は交換しなかったけれど、そう遠くないうちに会える気がした。ほんの少しの時差で僕も店を出る。
ちょうど店員さんが彼女に見送りの挨拶として手を振っているところだった。
ちゃっかり僕も軽く手を振ると、笑顔で応えてくれた。不確実な再会に期待しながら飲むホッピーも、悪くない。
店名は「笑って帰ってほしい」との思いから。タコ唐や〆のお茶漬けも人気。
意気投合した客たちが系列のカラオケバーに流れることも。
■店舗概要
店名:呑喰らい~Don't Cry~
住所:渋谷区恵比寿西1-3-2 恵比寿テラスビル 1A
TEL:03-6416-1955
営業時間:16:00~25:00
定休日:不定休
席数:スタンディング15名相当
自然派ワインとチーズを多数ラインナップ。
半ホールを熱してバゲットにとろりと垂らしていただく国産のラクレットチーズが人気。
■店舗概要
店名:Melt Ebisu
住所:渋谷区恵比寿西1-4-7 リエール恵比寿 2F
TEL:03-5422-3647
営業時間:18:00~(L.O.23:00)
定休日:月曜
席数:カウンター6席、テーブル6席、スタンディング8名相当
本場スペインの陽気な雰囲気が漂う店内。
タパスの大半は1コイン以下と良心的。イベリコ豚のローストなど、がっつりした肉料理も。
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