2024.06.14
劣等感にさいなまれた日帰り京都出張の日から、2週間後。
僕と直哉さんは、出張で名古屋を訪れていた。
あの日以来、本格的に男っぷりを学ぼうと直哉さんを観察し続けている。
行きの羽田では、直哉さんが上級会員だという航空会社のラウンジでくつろいだ。
名古屋でのランチは、予約の取れないレストランに連れていってもらった。
さらには、仕事を終えた夜。
直哉さんは今夜も現地の女の子と「名古屋東急ホテル」でデートの予定があり、彼女がホテルでエステを受けている間は、ホテルのプールでひと泳ぎするそうだ。
地方出張の時だけじゃない。
先日、都内でみんなで飲んでいた時も、飲み会で知り合った女性に「俺が泊まっているホテルで飲み直さない?」と言っていた。青山に自宅があるのに、わざわざ都内のホテルに泊まるのはどうしてなんだろうと思っていた。
― なんでこんなに財布事情が違うんだ?
僕も直哉さんくらいデキる男になったら、給料が桁違いになって、梨花をこんなふうに楽しませられるのか。
「デートまで時間潰そうぜ」と連れていかれたホテルのバーで、僕はついに恥を忍んで尋ねる。
「あの…なんで直哉さんって、そんなにホテルステイできるんですか?
ぶっちゃけお金かからないですか?僕も2年後に高給取りになれますか?」
直哉さんから返ってきた答えは、予想とは違うものだった。
「同じ会社なんだから、給料なんてお前とそこまで変わらないよ。でも、もし俺が余裕あるように見えるとしたら…コスパいい生活してるってだけだよ」
「コスパ…ですか?」
「おう。コスパだよ、コスパ」
確かに、直哉さんは仕事の面でも効率的だ。手を抜くところは上手に抜いていて、「コスパよく仕事をしている」とも言える。きっとプライベートでも色んな工夫をしているに違いない。
― でも、具体的には…?
ボンヤリしていると直哉さんは、グラスを掲げて眉をひそめた。
「いつも晴人を見てて思ってたんだけど、お前、こんなに出張の機会があるのに、航空会社のマイルとかも全然ためてないだろ?
そういうコスパ、全く気にしてなさそうだもんなぁ」
「確かに…全然気にしてなかったです」
聞けば、直哉さんが空港のいいラウンジを使えるのは、マイルをきちんとため続けた結果。レストランの予約が取れるのも、選び抜いたクレカの特典なのだという。
「そっか。余裕があるように見える人は、コスパ重視っていう秘密があったんですね…。僕もまずはマイルからためようかな」
衝撃を受けた僕は、気軽にチャレンジできそうなマイル活動から始めてみよう、と思い立つ。
「知ってるか?沖縄を飛行機で往復するのが、一番マイルが効率よくたまるんだよ」
「そうなんですか?沖縄、最近行ってないから行きたいなぁ」
「おっ、晴人。コスパのために沖縄行く気あるの?それなら、俺と一緒に来い。俺の秘密を教えるよ」
直哉さんは、イタズラっぽい笑みで言う。
というわけで…。僕は今、直哉さんとふたりで沖縄の日差しを浴びている。
今回は、出張ではなく完全プライベートの旅行だ。
待ち合わせ場所に指定された、宮古島の空港で会うなり連れてこられたのは、リゾート感たっぷりな「宮古島東急ホテル&リゾーツ」。
この素晴らしくラグジュアリーなホテルが、一体なんの秘密だというのだろうか?
― 僕、ここのホテルにいったいいくら払わされるんだろう…。
「はあ〜…」
次々と湧き起こる後悔の念に、息を呑むほど美しい景色もモノクロに感じる。
「おい、どうした晴人!」
いつまでもプールに飛び込まない僕に業を煮やした直哉さんが、水の滴る髪をかきあげながら隣のビーチチェアに腰を下ろす。
「…いっすね。直哉さんは楽しそうで…」
「なにふてくされてるんだよ」
「いや…。このホテル、ワリカンでも高そうだなと思って…」
「いや、お前はタダだよ?」
「え?タダって、こんな高級ホテルが…?」
「おう。こんな高級ホテルが、お前はタダだよ!」
驚く僕に、直哉さんは、嬉しそうに“秘密”について語り始めた。
直哉さんの秘密は、『TsugiTsugi』というサービス。
定額宿泊サービスで、全国200以上の有名ホテル・旅館にお得に定額で宿泊できるサブスクサービスだという。
プランは宿泊頻度に合わせて月2泊~30連泊まで自由。そのうえ同伴者はひとり無料で、事前登録がいらないから、各地の女の子とお泊まりすればコスパ最高というわけだ。
「俺さぁ、1回ここ来てみたかったんだけど、まだ宮古島の女の子は開拓できてないんだよね。でも、ひとりじゃ暇じゃん?ま、ちょっと不本意だけど、今回の同伴者はお前ってことでいいぜ」
キラキラと子どもみたいに笑う直哉さんの笑顔は、くやしいけどやっぱりカッコよかった。
「どうりで直哉さん、お泊まりデートしまくりだと思った…!地方だけじゃなくて、横浜とか渋谷の近場でも泊まってますもんね」
「そりゃ、使わなきゃもったいないだろ。
それに、今ならソラシドエアとのキャンペーンがあるからさらにお得になるんだよ」
「え、ソラシドエアと提携してるキャンペーン?」
「そう。今回の場合、俺はソラシドエアを使って那覇まで来て、『TsugiTsugi』を利用してこのホテルに泊まってるだろ。
だから1泊分の宿泊ポイントをゲットできた。そのポイントを使うと全国どこのホテルでも1泊無料になるっていうキャンペーン。つまり、旅行すればするほどお得になるってこと」
「え、そんないい話あるんですか?」
「まあ、あるんだよな」
直哉さんは、すっかり日焼けした肌に映える白い歯を光らせて笑う。
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