2024.05.18
アオハルなんて甘すぎる Vol.16え?と声が出た私に愛さんが続けた。
「15になったら絶対一緒に暮らすんだとか、そのためにムキになったりするのをやめる。留学に行くことになっても騒ぎたてたりしない。ただ見守ろうと思う」
それで…いいんですか?と聞いた私に、愛さんは晴れ晴れと笑った。
「私ね、タケルはあの人の所から逃げ出したいんだとばっかり思ってた。でも…タケルにとっては案外いい父親だったりするのかな、ってこの手紙を読んで初めて知った。
あの子の側にいるべきは自分で、それがあの子にとっても最良のことだと思い込んでた。だから15になったら一緒に暮らそうって話をしてたんだけど…」
タケルくんの手紙はいつの間にか私の手を離れて、大輝くんにより折りたたまれ、愛さんに戻されていた。それを愛おしそうに封筒の中にしまいながら、愛さんは続けた。
「すごく当たり前のことを忘れちゃってた。子どもにとっては、両親の仲が良い方が…ってところまでは無理でも、両親がいがみ合う姿はつらいってこと。私の憎しみや恨みをあの子に背負わせてしまっていたなんて。
私、最高の母親になりたかったの。最高の母親になってあの子を取り戻すつもりだったのに、最悪の母親になりかけてた。…もうなってたかもしれないけど」
そんなことは絶対にありません。愛さんは最高の母親ですと否定したかったのに、こみ上げてくる何かが喉につまり、うまく言葉にできなかった。
「…宝ちゃん、本当にごめん。そしてありがとう。あんなにひどいことを言ったのに…また勇気を出してくれた。タケルの気持ちが知れて本当に良かった。心から感謝しています」
頭を下げてくれた愛さんの姿がにじんでいく。
― あ、やばい。
また涙がこぼれた。止まらなくなった。ホッとしたのかうれしいのか、ぐちゃぐちゃの感情のまま私は、伝えなければと言葉を探した。
「…よか、った、です。私、また余計なこと、しちゃったんじゃないかって…もしこれで、愛さんにまた嫌われて…会えなくなったら、すごく悲しいなとかも思ったりして…その」
涙でとぎれとぎれになった言葉たちが、私を抱きしめにきてくれた愛さんに包まれた。宝ちゃんって、本当にかわいいなぁ、といつかのように、なつかしい響きに、またホッとした。
「…大輝も、本当にありがとうね」
私を抱きしめたままそう言った愛さんに、オレは親のコネを使っただけ、と大輝くんが笑った。
◆
大泣き…と言える程涙が止まらず…しばらくしてなんとか止まったと思ったら、今度はしゃっくりが止まらなくなった。そんな私を愛さんと大輝くんが笑いながら慰めてくれていた時、個室の自動ドアが静かな機械音をたてて開いた。そこには、渋い顔をした雄大さん…と。
「あ~ら、お嬢ちゃんが泣いてる。愛、泣かせたのはアンタかい?辛気臭いやりとりは、この店ではやめて欲しいんだけどねぇ」
「光江さん!!」
愛さんと大輝くんの声がハモった。光江さん、ということは、雄大さんの腕をがっつりと掴んで並んでいるこの女性が、さっき話に上がっていたこの店のオーナーで、西麻布の女帝なのだろう…か?
― 確かにド迫力…。
シルク…だろうか?艶のある紫のロングドレスの足元は見えないが、175cmある雄大さんと視線が変わらない。その豊満なグラマラスボディは雄大さんを横に2倍に…という雰囲気で例えるならマツコ・デラックスさんを彷彿とさせる、というか。
結い上げられた黒髪はつやつやだけど、お顔は…さっき大輝くんが言っていた通り、大輝くんのお父様と同世代にも見えるかなと思ったり、いやもっと若いのかもしれないと思ったり。
― 年齢不詳。
露骨に眉間にシワをよせ、イヤそうな顔の見本と言う表情をしていた雄大さんが言った。
「光江さんそろそろ手を放してくれませんか」
すると光江さんが、ほんっとアンタは優しくないねえ…と雄大さんの側を離れ、誰の了承を得るわけでもなく部屋に入り、一番手前にいた私の横に座った。その容赦のないどすんっという勢いに、私の体が跳ねるように浮きあがる。
「よし。今日は、そうだねぇ…シャンパンか赤か…雄大、ちょっと店長のところに行って、ワインリストもらってきて。普段は出してない方のリストだよ」
「…は?なんでオレが?自分で呼んでくださいよ、自分ところの店員なんだから」
「アンタは相変わらず口が悪いねぇ。とっとと行きな。アンタに私に逆らう権利というか人権はないんだよ」
― きょ、強烈。
“西麻布の女帝”の迫力から目が離せず呆然としている私に、雄大さんの諦めたような溜息が聞こえて自動ドアが開いた。
「あ、雄大、カウンターに私のアフリカ土産があるからそれも持ってきて」
既に部屋を出ていた雄大さんの背中に追加の指令を出したあと、女帝が私を見た。
「…さて。お嬢ちゃんは初めましてだね」
▶前回:「僕とご飯にいくのがイヤってことかな?」男からの単刀直入な質問に28歳女は慌てて…
▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…
次回は、5月25日 土曜更新予定!
二人の様子が目に浮かびました。そしてタケルくんの手紙に感動。
この連載まだまだずっと続いて欲しいですね。
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