アオハルなんて甘すぎる Vol.16

「デートの正しい作法がわからない…」西麻布の1Kの自宅で、28歳女が親友にすがりついた理由

え?と声が出た私に愛さんが続けた。

「15になったら絶対一緒に暮らすんだとか、そのためにムキになったりするのをやめる。留学に行くことになっても騒ぎたてたりしない。ただ見守ろうと思う」

それで…いいんですか?と聞いた私に、愛さんは晴れ晴れと笑った。

「私ね、タケルはあの人の所から逃げ出したいんだとばっかり思ってた。でも…タケルにとっては案外いい父親だったりするのかな、ってこの手紙を読んで初めて知った。

あの子の側にいるべきは自分で、それがあの子にとっても最良のことだと思い込んでた。だから15になったら一緒に暮らそうって話をしてたんだけど…」

タケルくんの手紙はいつの間にか私の手を離れて、大輝くんにより折りたたまれ、愛さんに戻されていた。それを愛おしそうに封筒の中にしまいながら、愛さんは続けた。

「すごく当たり前のことを忘れちゃってた。子どもにとっては、両親の仲が良い方が…ってところまでは無理でも、両親がいがみ合う姿はつらいってこと。私の憎しみや恨みをあの子に背負わせてしまっていたなんて。

私、最高の母親になりたかったの。最高の母親になってあの子を取り戻すつもりだったのに、最悪の母親になりかけてた。…もうなってたかもしれないけど」

そんなことは絶対にありません。愛さんは最高の母親ですと否定したかったのに、こみ上げてくる何かが喉につまり、うまく言葉にできなかった。

「…宝ちゃん、本当にごめん。そしてありがとう。あんなにひどいことを言ったのに…また勇気を出してくれた。タケルの気持ちが知れて本当に良かった。心から感謝しています」

頭を下げてくれた愛さんの姿がにじんでいく。

― あ、やばい。

また涙がこぼれた。止まらなくなった。ホッとしたのかうれしいのか、ぐちゃぐちゃの感情のまま私は、伝えなければと言葉を探した。

「…よか、った、です。私、また余計なこと、しちゃったんじゃないかって…もしこれで、愛さんにまた嫌われて…会えなくなったら、すごく悲しいなとかも思ったりして…その」

涙でとぎれとぎれになった言葉たちが、私を抱きしめにきてくれた愛さんに包まれた。宝ちゃんって、本当にかわいいなぁ、といつかのように、なつかしい響きに、またホッとした。

「…大輝も、本当にありがとうね」

私を抱きしめたままそう言った愛さんに、オレは親のコネを使っただけ、と大輝くんが笑った。


大泣き…と言える程涙が止まらず…しばらくしてなんとか止まったと思ったら、今度はしゃっくりが止まらなくなった。そんな私を愛さんと大輝くんが笑いながら慰めてくれていた時、個室の自動ドアが静かな機械音をたてて開いた。そこには、渋い顔をした雄大さん…と。

「あ~ら、お嬢ちゃんが泣いてる。愛、泣かせたのはアンタかい?辛気臭いやりとりは、この店ではやめて欲しいんだけどねぇ」
「光江さん!!」

愛さんと大輝くんの声がハモった。光江さん、ということは、雄大さんの腕をがっつりと掴んで並んでいるこの女性が、さっき話に上がっていたこの店のオーナーで、西麻布の女帝なのだろう…か?

― 確かにド迫力…。

シルク…だろうか?艶のある紫のロングドレスの足元は見えないが、175cmある雄大さんと視線が変わらない。その豊満なグラマラスボディは雄大さんを横に2倍に…という雰囲気で例えるならマツコ・デラックスさんを彷彿とさせる、というか。

結い上げられた黒髪はつやつやだけど、お顔は…さっき大輝くんが言っていた通り、大輝くんのお父様と同世代にも見えるかなと思ったり、いやもっと若いのかもしれないと思ったり。

― 年齢不詳。

露骨に眉間にシワをよせ、イヤそうな顔の見本と言う表情をしていた雄大さんが言った。

「光江さんそろそろ手を放してくれませんか」

すると光江さんが、ほんっとアンタは優しくないねえ…と雄大さんの側を離れ、誰の了承を得るわけでもなく部屋に入り、一番手前にいた私の横に座った。その容赦のないどすんっという勢いに、私の体が跳ねるように浮きあがる。

「よし。今日は、そうだねぇ…シャンパンか赤か…雄大、ちょっと店長のところに行って、ワインリストもらってきて。普段は出してない方のリストだよ」
「…は?なんでオレが?自分で呼んでくださいよ、自分ところの店員なんだから」
「アンタは相変わらず口が悪いねぇ。とっとと行きな。アンタに私に逆らう権利というか人権はないんだよ」

― きょ、強烈。

“西麻布の女帝”の迫力から目が離せず呆然としている私に、雄大さんの諦めたような溜息が聞こえて自動ドアが開いた。

「あ、雄大、カウンターに私のアフリカ土産があるからそれも持ってきて」

既に部屋を出ていた雄大さんの背中に追加の指令を出したあと、女帝が私を見た。

「…さて。お嬢ちゃんは初めましてだね」


▶前回:「僕とご飯にいくのがイヤってことかな?」男からの単刀直入な質問に28歳女は慌てて…

▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…

次回は、5月25日 土曜更新予定!

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この記事へのコメント

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No Name
愛&宝が仲直り出来て本当に良かったですよね。愛が泣きじゃくる宝をハグした所とか本当に、
二人の様子が目に浮かびました。そしてタケルくんの手紙に感動。
この連載まだまだずっと続いて欲しいですね。
2024/05/18 05:4047返信1件
No Name
宝ちゃんは本当にいい子だね🥺 だから周囲にもステキな友人たちが集まるのかも。28歳にしては確かにピュア過ぎだけど、それは長所と思って失わないで欲しい。 愛さんもようやく分かってくれて本当に良かったよ。 女帝も出てきてますます面白くなったきた!
2024/05/18 05:3443返信2件
No Name
感想は人それぞれだとしても、この連載を全否定するアンチだけなぜか凶暴と言うか身勝手で品位のカケラもない。どうしてなんだろう? 具体的な箇所を示さず単に読みにくいとか、早く打ち切って来週は違う連載読ませろとか身勝手が過ぎる。恐らくこの話が一番人気なのと5/25更新予定とも明記もあるから、来週違う連載に変わるなんて有り得ないよ。クレーマー達は男女の答え合わせだけ読んでこちらはスルーすればい。毎週コメント欄で過度な批判を見る度に気分を害すので。
2024/05/19 00:2517返信1件
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