2024.05.29
マティーニのほかにも Vol.3この1LDK55平米の元麻布の部屋は、瑠美だけの部屋ではない。付き合って2年になる彼氏・秀司と共同で借りている、同棲の生活の舞台だ。
いわゆる“愛の巣”と言えば聞こえはいい。けれど、最近の瑠美と秀司の間にはどこか不穏な空気が漂い続けており、ここ1ヶ月は愛の言葉を交わすどころか、ゆっくり会話を楽しんだ記憶がなかった。
昨夜もそうだ。
深夜1時を回った頃。仕事帰りに時々利用するミクソロジーバーで楽しんだ瑠美が上機嫌で帰ってくると、リビングにはムッツリとした顔をした秀司がソファに座ってスマホをいじっていた。
「あれっ!秀司、起きてたんだ。ただいまぁ〜」
思いがけず顔を見られたことに喜ぶ瑠美だったが、秀司の反応は芳しくない。
スマホからチラと視線を上げて瑠美の顔を確認すると、うんざりしたような表情を浮かべ、無言のまままたすぐにスマホに集中し始めたのだ。
「え…、なに?なんか感じ悪いですけど…」
証券会社で働く秀司の仕事は、朝は早く、夜は読めない激務だ。
赤坂でエステサロンを経営する瑠美とは平日も休日もなかなか時間が合わず、少しでも一緒に過ごす時間を捻出するために同棲を始めて、そろそろ1年半になろうとしている。
同棲を開始した当初は秀司の遅い帰りを待つこともあったが、あるとき「何時になるかわからない帰りを待たれるのも悪いから」と言われてからは、瑠美も納得して好きなように過ごすことにした。
以来、お客様の要望に応えて深夜の施術を受け付けることもあれば、2人いる従業員のエステティシャンを飲みに連れていって労うこともある。
昨夜はちょうどそのどちらもが重なり、食事の後大好きなミクソロジーバーにも足を延ばしたことで、帰宅が遅くなってしまったのだった。
「私の帰りが遅かったから、怒ってるってこと?でも、秀司だっていつも仕事で遅いじゃん」
「そんなこと言ってないけど」
「じゃあなに?言いたいことあるなら言ってよ」
「べつに?とくにないよ。ハァ…俺、明日も早いから寝るわ。瑠美も仕事だったんだろ?本当に仕事だったんだとしたら、おつかれさま」
「…はい?何、その言い方?」
明らかに敵意を含んだ秀司の物言いに、瑠美は思わずカッとなる。
けれど、確かにもう遅い時間だ。すでに日付も変わり、朝6時には会社に着かなくてはいけない秀司を引き留めるのは気が引けた。
寝室へと引っ込む秀司を無言で見送ると、瑠美は頭を冷やすためにベランダの窓を少しだけ開ける。
そして、ミクソロジーカクテルの酔いをさました深夜2時ごろ。むしゃくしゃした気持ちをようやく収めて、秀司に背を向けながらダブルベッドに入ったのだった。
◆
朝日が満ちるリビングには、まだ昨日の険悪な空気が澱んでいるような気がする。
すでにピアノの音は止んでいるが、ひっきりなしに聞こえる子どもたちの笑い声はこの場所にミスマッチで、「秀司との間には、今のままではこんな明るい未来はない」という現実を、残酷に浮き彫りにしているように感じた。
瑠美は、空っぽになったフルーツウォーターのグラスをシンクに置きながら、しばし立ち尽くす。
「やっぱり、ダメだ。私から言わなくちゃ」
そう呟くと意を決してスマホを取り出し、秀司にLINEを送った。
<秀司、話がしたい。今夜仕事が終わったら、いつものバーに来てくれるかな。何時になっても待ってるから>
◆
“いつものバー”こと、恵比寿のオーセンティックバーに秀司が現れたのは、もうすぐ23時になろうかという頃だった。
「…うす」
「…おつかれさま。来てくれてありがとう」
会って話すだけなら、自宅でも事は足りる。
けれど、なかなか一緒に過ごす時間がとれないふたりにとっては、唯一時間が合う深夜にバーで会話を楽しむというのは、定番のデートなのだ。
特にこのバーは、ふたりが初めて出会った思い出の場所でもある。
大切な話をするために、今日はこのバーをふたりで訪れたい。
そう思って、わざわざ秀司を呼び出したのだった。
ちゃんと謝ったり話し合いの出来るカップルはいいね。
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