前回:「離婚したくない」一週間ぶりに家に帰ってきた夫から、まさかの告白。妻は…
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不倫の代償。何度打ち消しても浮かぶその言葉に脳裏を支配されながら、門倉崇は、妻・京子の次の言葉を待っていた。
結婚を決めてすぐに購入した千駄ヶ谷のマンション。そのリビングの中心を守り続けてきたL字型のソファーは、春を象徴するような萌黄色が素敵だと京子が選んだものだ。ほんの1週間前までこのソファーで2人、映画を見たり笑いあったりしていたことが、今ではもう幻のようだった。
7、8人は優に座れるソファーの端に座る京子に近づく勇気が持てず、視界の端でその気配を感じることしかできない自分に、崇は情けなくなる。
室内に入る光が赤みを帯び、今何時だろうかと見上げて気が付いた。リビングにあったはずの時計がない。崇は思わず、口にした。
「…時計、外した?」
沈黙を破る言葉としては不適切だったと後悔しながら、京子の顔色をうかがう。崇を見た後、視線を時計があったはずの場所にボーっと向けた京子は、ああ、と言って続けた。
「…針の音が嫌だったから」
「…音?」
「かち、かち、かち、かち、って…やたら大きく聞こえるようになったから」
自分以外の物音がしない部屋に響く針の音に、崇の不在を強調されている気がして外した…というその理由までを京子は言葉にしなかったが、崇は、ごめん、とつぶやいた。
そのタイミングで、ぐうぅー、と間抜けな音がなった。空腹を知らせる腹の音。崇が発したその音に京子は呆れたように軽く笑った。久しぶりに笑顔が見られたことに崇はホッとし、感動すら覚えた。
「…何か食べる?」
「じ、じゃあ。オレがなんか作るよ…!」
......
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この記事へのコメント
からの、カップラーメンアレンジって笑えた。