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  • SideB:2回目のデートでアプリで出会った男の家に行った女。夜までいたら彼に言われた意外なセリフ

    「ごめん、待たせちゃったかな」

    長く付き合っていた彼氏と昨年別れて以来、アプリでの出会いは何度か経験してきた。けれど、そのどれも軒並みハズレだった。

    だからこそ、目の前に現れた彰の姿に、愛香はいい意味で驚く。

    背はすらっと高く、切れ長の優しい目元に低く落ち着いた声。肌や手には清潔感があり、身につけているものもシンプルで上質。

    ― 素敵な人…。

    愛香が彰に抱いた第一印象は、素直にかっこいい人だった。初回は、顔合わせ程度で解散したがすぐに次の約束を交わした。

    そして愛香は今こうして、彰との日本茶カフェでのデートを楽しんでいるのだ。

    「この前ゴールデングローブ賞を取った監督の前作がさ…」

    「あっ、見ました!ラストシーン、すごい伏線回収ですよね」

    「やっぱり?愛香ちゃんなら見てると思った。そうそう、あそこのシーン、何度見ても泣いちゃって」

    「わかります!」

    同じ映画に同じ感想を抱く彰を前に、愛香はつくづく感性が合うことを実感する。もともと映画鑑賞や読書、美術鑑賞という趣味が一緒でマッチしたため、話題は尽きることがない。

    ルックスが素敵なだけでなく、彰は優しくおだやかで、教養があり上品な男性だった。36歳と愛香よりも少し年上だからか、包容力も申し分ない。

    IT企業に勤める傍ら、副業で最新のAIが搭載されたアプリを開発しており、そちらも軌道に乗ってきているらしい。

    ― 彰くんといると安らぐなぁ。昨日のゴルフ合コンの疲れも癒やされちゃう。

    のんびりとお茶を飲みながら、共通の趣味の話ができる優しい男性なんて、どれだけ探してもそうそう見つかるものではない。

    けれどその一方で、紳士的な彰のことだ。このまま大切にされ続けた結果、いつのまにか“気の合う趣味友達”として落ち着いてしまうのが怖くもあった。

    ― もう少し、距離が縮められると嬉しいんだけどな…。

    ふと、昨日出会った栄輔のことが頭をよぎる。

    タジタジになってしまうほどの、情熱的なアプローチ。栄輔のようにはできなくても、恋を始めたいのならきっと、あんなふうに行動することが大切なのかもしれない、と愛香は考える。

    そう思った愛香は、先ほどから「廃盤になった映画のDVDを貸してくれる」と話している彰に、決意を持って視線を合わせた。

    もともと慎重なタイプの愛香は、普段だったら絶対に、会ったばかりの男性に自分からアプローチをするなんてことはない。

    だけど今は…彰のことをもっと知りたい。

    ドキドキする気持ちを抑えながら、勇気を出して声を絞り出す。

    「あの…彰くん。そのDVD、今から彰くんのお部屋に見に行っちゃダメですか?」


    はしたないと思われるかも、という愛香の心配をよそに、彰の返事は拍子抜けするほど快いものだった。

    「そっか、それいいね。一緒に見ようか」

    いつのまにかお会計を済ませていた彰は、愛香をスマートに近くの駐車場までエスコートする。

    「僕、基本移動は車なんだよね。お酒もあまり飲まないし、この車、家にいるような居心地のよさでさ」

    「おうち大好きって言ってましたもんね」

    白を基調としたボディの日産アリア。ドアを開けて愛香を助手席に乗せてくれた彰は、愛香が初回のデートで好きだと言っていた音楽をさりげなく流してくれる。

    彰の言うとおり、アリアの中はまるでラウンジのような居心地のよさだ。電気自動車なだけあって、走行音も静かで音楽の邪魔にならない。

    快適な運転で到着したのは文京区にあるマンションで、駐車場には充電ポートが完備されていた。さらに部屋に足を踏み入れると、室内はシンプルに洗練されている。

    一見モノが少ないようでありながら、センスのいい最新式の家電がそろっている部屋は、いかにもインテリジェントな彰らしさに溢れているように感じた。

    先ほど乗せてもらったアリアにも、通じるところがあるように思う。洗練されていながら、優しく心地よい空間。

    「愛香ちゃん、座ってくつろいでね。映画だけど、せっかくだからプロジェクターで見ようよ。僕も少しだけ開発に関わったプロダクトなんだ」

    「へぇ、すごいね」

    「あ、そうだコーヒーでも飲む?ちょっと待ってて」

    勧められるがまま愛香がソファに座っていると、コーヒの良い香りがしてきた。カップを運んできた彰が、プロジェクターをセットする。

    そして、愛香と彰はふたり並んでゆっくりと古い映画を見始めた。


    「この和菓子、おととい京都出張の時に買ってきたんだ。良かったら」

    「寒くないかな。空調入れたけど合わなかったら言ってね」

    「コーヒーのお代わり、どうかな?」

    映画を見終わったあとも、彰はとことん愛香を甘やかしてくれた。

    きめ細やかでありつつ、それでいて押し付けがましくない、居心地がいいおもてなし。映画を見たらすぐに帰るつもりだったのに、気づけばUberで注文した夕飯までご馳走になってしまっている。

    時間を忘れてデートを楽しんでいるうちに、日はとっぷりと暮れていた。窓の外に広がる墨を流したように暗い景色に、愛香はようやくハッとする。

    ― どうしよう、いつのまにか夜になっちゃってる。男の人の部屋に夜までいるって、さすがにマズイよね?

    一瞬ヒヤッとするものの、そんな愛香の不安を敏感に感じ取ったのだろうか。彰は紳士的に帰宅を促してくれた。

    「今日はもう遅いから送るよ」

    「わぁ、ありがとうございます」

    地下の駐車場に下り、再びアリアに乗り込む。

    きっと、先ほどもしてくれていたのだろう。助手席に愛香が乗る時に、頭をぶつけないよう彰がドアの上部分を手で守ってくれることに気がついた愛香は、思わずキュンと胸を高鳴らせた。

    ― 彰くんって、本当に優しくて素敵な人…。

    夜のアリアの車内は、優しいライトに照らされロマンチックな雰囲気だ。滑るように静かな運転のなか、愛香は助手席からひそかに彰の横顔を見つめる。

    するとその視線を感じたのか、運転に集中していると思っていた彰がちらりと愛香に目線をやり、ゆっくりと口を開いたのだった。

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