2024.02.19
男性陣を車に乗せてきていた人だ。日産のエクストレイルを買ったばかりで、「ゴルフバッグが4個乗るから!」とはしゃいでいた。
朝イチに交わした自己紹介で、「栄輔」と名乗っていた覚えがある。
コース渋滞で手持ち無沙汰になった男性3人が、競うようにスコアの自慢話と女性口説きに夢中になっているところ、栄輔は、ひとりスマートに茶屋へと向い、キャディーさんに飲み物を差し入れしている。
― へえ、彼はああいう感じなんだ。ちょっといいかも。
日焼けした肌。引き締まった体。よく通る快活な声。見るからにワイルドな男っぽい見た目をしているため、なんとなく敬遠していたけれど。
よくよく観察していると、栄輔は他の男性たちとは少し違っているように愛香には見えた。マナーが良く、身につけているものや立ち振る舞いが、他の男性たちよりもぐっと洗練されているのだ。
ちょくちょく栄輔を観察する、という暇つぶしを得た愛香は、その後もハイタッチをどうにかこなしながら無事に18ホールを回り終えた。
「おつかれっした〜」
「てか女の子たち、皆めっちゃカワイイよね!これは確実に次回も開催っしょ〜?」
「あはは、そうですねぇ〜」
もうすぐ解散というタイミングで、まだハイテンションの男性たちをいなしている間も、愛香は栄輔を観察し続ける。
けれど、次の瞬間。ふと目が合ったかと思うと、栄輔はズンズンと広い歩幅で愛香の方へと歩みを進めてきた。
そして周囲の視線も気にせずに、さらっとした口調で言い放ったのだ。
「愛香ちゃん、だよね。今度2人で遊ぼうよ。正直、めちゃめちゃいいと思ってる」
「え、え?私ですか?」
「うん。ダメ?明日は時間ある?」
驚き戸惑う愛香の様子など全く意に介していないかのように、栄輔はぐいぐいと距離を詰めてくる。
「ごめんなさい、明日は予定があるから…」
明日は本当に彰とのデートを控えているため、愛香ははっきりと断った。しかし、栄輔に折れる気配は全くない。すかさず次の日程を愛香に尋ねた。
「じゃあ来週末は?」
「あ…うん。来週末なら大丈夫、だと思う」
「まじで!?やった!うわぁ、すげえ嬉しい。じゃあ、来週末迎えに行くよ!」
突如決まったデートを、周りは容赦なく冷やかしてくる。それでもガッツポーズで無邪気に喜ぶ栄輔の笑顔は、弾けるようにまぶしかった。
そんな栄輔のことを愛香は、ちょっとだけ「カワイイ」と思ってしまった。
◆
「やばい、愛香ちゃん!薪足して、薪!」
「おっけー!うわぁ、すごい火力!」
奥多摩の自然の中で燃え盛る炎は、びっくりするくらい暖かい。たき火を前にケラケラと笑い転げる愛香の隣では、栄輔がまるで大型犬みたいにはしゃぎ回っている。
ゴルフ合コンで強引に誘われてから、あっという間に2ヶ月半の月日が経った。
栄輔と最初のデートで江の島ドライブに行って以来、こうして定期的にデートする仲になるだなんて、一体誰が想像できただろうか。
2回目のデートは釣り。3回目はお互いの仕事の後に、都内のレストラン『TWO ROOMS GRILL│BAR』で食事。4回目になる今日のデートは、こうして奥多摩までデイキャンプに来てたき火までしている。
どちらかといえば出不精な自分が、ゴルフ合コンの翌週から毎週こんなにアクティブに過ごしているなんて。その事実がまだ、愛香自身にも信じられないでいた。
― 栄輔くんといると、いつも楽しいんだよね。
栄輔は、会えばいつだって笑わせてくれる。「男にカッコつけさせろよ」なんて言いながらデート代も全部出してくれるし、重い荷物を軽々持ってくれたりするところも、男っぽくてかっこいいと思う。ドライブ好きなようで、もちろんデートは毎回エクストレイルでの送迎付きだ。
それでいて、「この車なら大丈夫だから!」なんて言って、汚れたままのキャンプ用品なんかをガンガントランクに放り込むようなところは、大人の男性というよりも、まるで少年だ。キラキラとした笑顔は、初対面の印象から変わらずかわいらしい。
「ああ〜!ヘイヘイヘーイ♫」
「ちょっとやめてー!笑いすぎてお腹痛いって!」
「ダメダメ、ほら愛香ちゃんも一緒に!ヘイヘイヘーイ♫」
キャンプ帰りの助手席に乗りながら、お互いの学生時代にはやっていた曲で盛り上がっていると、昨日から頭の中をぐるぐると回り続けている彰との間に起きた出来事が、一瞬だけ遠く感じる。
― 同じドライブ好きでも、彰さんとは全然違うんだよなぁ。
ノリノリで歌い続ける栄輔は、そんな愛香の胸の内など全く想像すらしていないのだろう。
シフトレバーに乗せられた栄輔の手は、無骨で大きい。ふと栄輔の手が目に留まった愛香は反射的に、昨日、彰と触れ合った指先が温かく力強かったことを思い出し、顔を赤らめる。
32歳の栄輔とは年齢が近いせいもあってか、一緒にいると昔からの親友同士みたいに楽しく盛り上がれる。
だけど、もしも手を繋いだら。もしも繋いだ手を、強く握られたら…。
彰と同じように、苦しいくらいにときめくのだろうか?
そんなことを考えている間も、エクストレイルは舗装されていない山道を力強く進んでいく。
助手席で心地よい揺れを感じながら愛香は、いつのまにか眠りに落ちていた。
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