

ナガス鯨尾の身の刺身¥2,100。江戸中期に書かれた『勇魚取絵詞』の付録『鯨肉調味方』という料理書には、最も美味なのは尾の身の刺身とある。低カロリー、高たんぱくに加え、さらにバレニン。持久力、ねぇ……
生肉受難の時代である。
雄々しく血の滴るほどの肉を喰らう、つややかで深遠なる内臓をむさぼる。そんな獣との付き合いこそが、男女の抜き差しならぬ関係に活力を与えてくれていたのに、だ。で、このまま枯れるつもり…? なわけにはいかぬ。あれだ、あれ。魚のようで魚でない、獣のはずでそう見えぬ。つまり、クジラである。
渋谷『元祖くじら屋』は昭和25年創業。ここならば、ステーキ、ユッケ、唐揚げと、あらゆるクジラ料理が食べられる。五臓六腑を食べ尽くせるクジラだからこそ、むろん、「たけり」といった珍味もあるが(意味はご自分で調べてね)、女性との逢瀬で端はなから飛ばしすぎるのは美しくない。だからここは、「生」で勝負。
上赤身刺身924円を横目で見つつ、尾の身の刺身2100円なりを注文しよう。この特上は、クセがなく、馬肉に近いと称され、流通量最多のミンククジラよりも脂がのるナガスクジラの尾肉。中トロにも似たサシの入り具合が身上。クジラ肉の中で最上のうま味を誇る尾肉は、全体重の1%以下しか取れない希少品だから、大事に、大事にいただきたい。
日本では紀元前3世紀から既に、食生活の一部として利用されてきたというクジラ。プリミティブな食材がプリミティブな欲求を満たす。否、手助けをしてくれるに違いない。