そこから紆余曲折あり、私も23歳の時に宮城と中目黒を行ったり来たりするようになる。
宮城では基本家にこもって母の介護、中目黒では羽目を外して遊ぶというのがお決まりのパターン。お酒も中目黒で覚えた。
当時の家は高架下沿いのマンションで、これまたワンルームの狭い部屋だった。
夜になると芸人さんの酔っ払った声が聞こえてくる。なぜ芸人さんと分かるかというと、友達がナンパされたからで、彼女は「はあ」と流していた。
そして20代後半。恋人は欲しいけれどおらず、書き物の仕事をしたいという夢も叶わなくて、でも就職するには母の介護があるからできなくて。
煮詰まっていた私は、女友達と毎日会っていた。
徒歩1分のマンションに住んでいるライターの子。徒歩3分のマンションに住んでいるカメラマン見習いの子や、三茶に住んでいる営業の子。三宿に住んでいるタレントの子。
お昼に会うときは『カラオケアポロ』のフリータイム。そして夕方になると中目黒の誰かの家か、行きつけの居酒屋に集まり出す。魚が美味しい『なかめのてっぺん』もその1つだ。
お金がないときは、コンビニでワインを買い込んで飲んだ。
駅から『富士そば』の脇道をまっすぐ行ったファミマで買うのだけど、そこではカップルをよく見かける。
「あ、この男女はこれから2人でこのコンビニのアイスを食べるのか」と思うと、じわっと寂しい気持ちが押し寄せる。そんな気持ちを、中目黒の居酒屋と女友達で溶かすのだ。