「遅れてすみません。ちょっと交渉が長引いちゃって」
お店に到着し、先に乾杯を済ませてから30分後。
川辺先輩が颯爽と現れ、私の真向かいの席に腰を下ろした。スッキリとした目元に鼻筋の通った顔立ち。一瞬目が合うだけで、思わずドキッとしてしまう。
しばらくは他愛ない話をしていたが、お酒が進むにつれて話題は“皆の恋愛事情について”へと移っていく。
「川辺、最近どうなの?恋愛の方は」
「いや、今はそういう相手はいなくて…」
― なるほど、やっぱり彼女は現在もナシってことね。
彼のことをもっと知りたい。そんな思いから、勇気を出して自分から踏み込んだ話を聞いてみようと口を開く。
「先輩の前の彼女って、どんな人だったんですか?」
手始めにそう聞いてみる。すると彼の目が、一瞬宙を泳いだのだ。
そして少しだけ残っていたハイボールのグラスを一気に空けると、挙動不審にこう答えたのである。
「元カノは3年前くらい?に別れたんだけど、モデル志望の子だったよ。メンタルが弱くて、しょっちゅう夜中に泣きながら電話をかけてこられてさあ。大変だったよ…。ハハハ」
その瞬間、私の頭の中に“はてなマーク”が浮かんだ。
― モデル志望なら、無職ってこと?しかも、真っ先に出てくるのがそのエピソードって。
そのときの私はまだ川辺先輩の“事情”を知らなかったので、とりあえず笑いながら頷くことしかできなかった。
川辺聡(26歳男・化学メーカー勤務)の場合
― ああ、最悪だ。
俺はガックリと肩を落とし、品川駅から自宅マンションへの道のりをトボトボと歩いている。
その理由は、つい先ほど解散した会社の食事会で、人生最大クラスの恥をかいたからだ。
こんなことになったのも、同じ部署の先輩から食事会に誘われたせいなのだ。
「今日、他に誰が来るんですか?」
そう聞いて先輩の口から出てきた名前は、辛うじて顔と名前が一致する程度の女性社員二人。
憂鬱とまでは言わないが、ほとんど知らない女性社員と何を話せばいいのか、そのときから若干の戸惑いを感じていた。
それもそのはず、俺は女性が苦手なのだ。
少年時代は中高一貫の男子校に通い、大学は国立の工業大学に進学。学生時代はほとんど男だらけの環境で過ごしてきた。
高学歴・高収入を手に入れれば男は自動的に恋愛し放題と思っていたが、現実はそう甘くはない。
もちろんビジネスシーンでは普通に話せるが、プライベートでは未だに女性への苦手意識が克服できないでいるのだ。
しかし、それを悟られることは自分のプライドが許さないのだった。
◆
「お疲れ様で~す」
そして迎えた食事会。到着して早々、ノリ良く声を張り上げて乾杯を済ませると、女性陣の顔をチラッとチェックする。二人とも美人で、身なりも綺麗に整えている子だ。
そういえば今日の会になぜ自分が誘われたのか、その理由を聞いていないことを思い出した。
― 先輩がこの子達と仲良くなりたいから、俺は人数合わせで呼ばれたってことかな。
“今日は引き立て役に徹しよう”と思い気を抜いていると、先輩からの急なフリが飛んでくる。
「そうそう、川辺は最近どうなの?恋愛の方は」
― うわっ。急に何かと思ったら、恋愛の話か…。
適当に「今は彼女がいない」ということだけ答えると、今度は飯田優里から、最も聞かれたくない質問が投げかけられたのだ。
「川辺先輩の前の彼女って、どんな人だったんですか?」
この記事へのコメント
でも個人的な感想では、飯田優里もだいぶ癖があるように思ったけど。いきなり前の彼女ってどんな人だったんですかとか聞くのはアリなのかなぁ?
モデル志望でメンヘラ、地雷すぎます
等々、わかったような口聞きやがってと思いましたけど。
男子校で免疫無くて、高学歴・高収入だと、本人が素直だからこそ地雷女性に引っかかってしまうことがあるイメージ。