「その絵はソファの上辺りにお願い。あ、気をつけて、それエド・ルシェの絵で200万ドル以上もしたんだから。ブルース・ナウマンの絵は廊下で、バルーン・ドッグは玄関に置いて」
60畳のリビングに続々と運び込まれる美術品。
サザビーズやクリスティーズで落札したときの高揚感が、“一瞬だけ”蘇る。
美術品には、これまで全く興味がなかったが、3年ほど前に偉大なる起業家の先輩の自宅に飾ってあったジャン=ミシェル・バスキアの作品をみて、雷に打たれたような衝撃を受けたのをきっかけにコレクターになった。
とにかく単純に、理屈なしに「カッコイイ」と思った。
時計も飽きた、車も飽きた、全てに飽きた男がたどり着く最後の沼は、アートなのかもしれない。
未だにアートについてはよく分からないが、美術品は、価格が上がる場合もあるから投資する価値もある。
高額なアートを購入すれば、自分の知名度が上がり国内外の富裕層との人脈も広がる。
世界的に有名な芸術家の作品は “勝ち組”の証。
リモート会議や自宅での取材が増えたから、さりげなく写り込ませたいという下心もある。
なにより、 “ホンモノ”の仲間入りができたような気がして、自尊心をくすぐられる。
「はぁ、最高の眺めね。私、マーくんと結婚できてとっても幸せ」
テレビの中で生きていた沢山リカ(27)が、僕だけの“モノ”となり、無防備な笑顔を僕だけに見せている。
仕事で成功して、良い時計をして、良い車に乗って、良い家に住んで、良い女と結婚するのが夢だった。
ミスコン、アイドル、グラビア、モデル、女子アナ、キャリアウーマン、令嬢、いろんな女を見てきたが、やはり良い女の頂点に君臨するのは女優だろう。
妻にするなら誰もが羨むような女が良かった。日本一の美女であるリカに狙いを定め、あの手この手を尽くした。
リカが好きなブランドを調べ、コレクションに招待してもらい、フロントロウで隣の席になるように偶然の出会いを仕組んだ。
「海が見たい」と言われれば、すかさず先輩からプライベートジェットを借りエメラルドグリーンの海がある場所まで彼女を連れ去った。「ピザが食べたい」と言われれば、弾丸でイタリアまで飛んで世界一美味しいピザをご馳走した。
とにかく、リカの笑顔のために全力を尽くした。そんな無茶ができる男は、さすがに僕しかいなかったようで、目を輝かせた彼女に手応えを感じた。
—なんとしても、この女を手に入れたい。
リカはハリー・ウィンストンで落とせるような女ではないと思った僕は、世界で最も美しいダイヤモンドを求めて、南アフリカ・ボツワナ共和国にあるジュワネング鉱山まで足を運んだ。
意図的に熱愛を発覚させてからは、仕事をセーブして僕といる時間を優先するようになっていった。
2019年の年末にはナミビアまで飛んで、ナミブ砂漠で初日の出を見た。
そして、ポケットに隠していた大きなダイアモンドを差し出して、こう言った。
「一緒に宇宙に行こう」
この記事へのコメント