美活時代 Vol.1

「お金をかけるほど安心できる」美容代は月25万円。“美しさ”に執着する女の生態

「ねえ保奈美さん、化粧直しに20分かかってチクチク言われるなら、喫煙者のタバコ休憩も禁止するべきですよね?」

そう尋ねると、保奈美は「確かにそうねぇ」と笑った。2年前に同じチームになってから、7歳上の保奈美はユリカの行動を、全く咎めたりしない。

そんな保奈美に甘えて、今日も化粧室に駆け込み、お気に入りのイオン導入器の電源を入れた。

ユリカはいつもこの時間、一度メイクをオフし、イオン導入器の電流で美容液を肌に押し込む。そしてお肌のために、無添加・無着色・石油系香料不使用のコスメにフルチェンジすると決めているのだ。

ヒールの音を鳴らし、shiroのサボンオードパルファンの香りを振りまきながらデスクに戻ると、今日もちょうど定時を告げるチャイムが鳴った。

―よし。帰ろ!

そのとき、上司の津田賢吾がユリカの席に向かって歩いてきた。

「ああ、ユリカさん。申し訳ないんだけど、20分だけ残業できないかな?これ、至急発注してほしくて」

津田は分厚い封筒を抱えて、困った顔でユリカを見た。ユリカの担当している取引先のロゴ。しかし、ユリカは消え入るような声と上目遣いで言う。

「津田さん、今からはちょっと…。ごめんなさい」

すると、隣の席でパソコン作業をしていた保奈美が振り向き、口を開いた。

「じゃ、私やりますよ。残業代欲しいし」

さっぱりとした口調で言った保奈美に、津田は「助かります。本当に」と頭を下げた。

「保奈美さーん。すみません、いつも」

ユリカが恐縮してそう言うと、保奈美は「あたし、津田くんに好かれちゃうかしら?」と少しふくよかな頬を両手で包んで、笑顔を見せた。

そんな保奈美の様子に安心し、ユリカは足取り軽くオフィスを後にした。


まだ空いている電車で移動し、表参道で降りる。地下通路から伸びる階段を上がれば、見慣れた高級ブティック街に明かりが灯り出していた。

ユリカは毎週火曜日、定時でサッと帰宅し、お気に入りの美容皮膚科に行くのがお決まりなのだ。

薄水色の自動ドアをくぐると、ユリカにとっておなじみの景色が現れた。清潔感溢れる真っ白な壁とソファー。あちこちに飾られている白いダリアと胡蝶蘭。

「山岸さま!今日もお疲れ様でした」

ユリカの来院に気付き、白衣姿のスタッフが艶やかな唇の口角を持ち上げた。ユリカはスタッフにカバンを預け、個室のソファーに座る。

「ユリカさーん、本日もよろしくお願いしますね」

やってきた担当女医は、ユリカの顔を覗き込み「さすが、今日も抜かりないですね」と美肌を褒めたたえる。その言葉にユリカは「おかげさまで」と、首をすくめてほほえんだ。

「そうだユリカさん、いつもお使いいただいてる化粧水なんだけど、成分を見直したのよ。良かったら、これ見てみて」

そう言って女医は、成分が記載されたリーフレットをユリカに手渡した。

「ちょっと値上がりして、37,000円だけど」

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
だ、大丈夫? そのうちお金出してくれる男性もいなくなって、横領とかしちゃって捕まりそう。
2020/06/24 05:2199+返信1件
No Name
定時間内に化粧するのは無いわー。ちゃんとその後20分仕事して調整しなよ!
2020/06/24 05:1699+返信10件
No Name
東カレらしい話、久しぶりにキタ笑!
中身の無い外見ばかり気にするにゃんにゃんOL、これから転落の道をたどるのかな。

確かに美容ってお金をかけると答えは出るよね。
でも20代から美容皮膚科にこんなにお金を掛けてると、年齢が上がっていったら、お金ももっともっとかかるよねー。
2020/06/24 05:2799+返信2件
もっと見る ( 72 件 )

【美活時代】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo