プランタンを出ると空が暗く、私のかわりに今にも泣き出しそうだ。
ニーマンマーカスのセールで買ったサンローランのパンプスが濡れては困る。バレンシアガのエディターズバッグも雨には弱い。
だけどそんなことより、彼氏が今どこで何をしているのか、そっちの方がよっぽど重要だ。
マンションのエレベーターの中で、うるさい胸の鼓動に手を当てて落ち着かせる。
いきなり押しかけて困らせたらどうしようとか、居ないかもしれないという不安より、彼に会えるという嬉しさが優っていた。
エレベーターを出て、外廊下を弾むような足取りで歩く。まーくんの部屋の玄関まで、あと数メートルだ。
そのとき、玄関のドアが開くのが見えた。それと同時にドアの向こうから、さっき食べていたモンブランより甘ったるい声が聞こえてくる。
「ねぇ、バレンタインは過ごせなかったから、ホワイトデーは一緒にいて?」
わかったよ、となだめる低い声が奥から聞こえる。それは間違いなく私の彼氏の声だ。
胸の奥がチリチリと焼けるように痛い。
「じゃあ帰るね」と言いながら、彼の部屋から出てきたのは、一人の女性。私は、外廊下の角で呆然と立ち尽くしていた。
白のウールコートに、エナメルの赤いパンプス。カバンはサマンサタバサ。その女はすれ違いざまに私に気づくと、視線を外すことなく、見下すようにクスッと笑った。
すれ違った後、香水がやけに強く鼻に残る。
この女がいた部屋に入る勇気は、あいにく今の私は持ち合わせていない。まーくんは、私が来たことに気づいてもいないのだろう。
玄関の扉の前でボンヤリ突っ立っていると、携帯が震えた。
『ごめん。二日酔いでずっと寝てたわ』
まーくんからそうメールが届き、私は怒りでワナワナと震えていた。
感情に身を任せ、部屋の前まで来ていることと、今目撃した一部始終をメールにして一気に送りつける。スクロールしてもしきれないくらいの、ものすごい長文になってしまったが、思い切って送信した。
そして本心では、どうかこれを読んだら、焦って誤解だと言って追いかけてきて、と願っていた。
だが彼からの返事は、私が欲しかったそれではなかった。
『前から思ってたけど、お前のそういうところが面倒くさくて無理なんだよ』
こうして、私の方があっさりと別れを告げられたのだった。
◆
ー2019年2月
甘酸っぱい学生時代の恋愛から時は流れ、社会人として9年目になった。
27歳までに結婚する。それは、私が学生時代に目標にしていたことだ。それなのにどこで間違ったのか、31歳になった現在、未だに独身でいる。
一方親友のレイナは、20代のうちにドレスが着たいと29歳ギリギリで見事結婚した。
「今の時代安定でしょ」と言ってそれまで付き合っていた経営者たちとは距離を置き、12個も年上の地方公務員を選び、栃木に引っ越してしまったのだ。
派手に遊んでいたレイナが堅実な相手を選ぶとは、意外だった。しかも東京にいなくなってしまったことが寂しく、すっかり取り残された気持ちになる。
私だけがあの頃と何も変わっていない。そんな漠然とした焦りに、日々襲われていた。
この記事へのコメント
距離感おかしい。
親も娘をちゃんづけで呼ぶw