2019.10.19
妻が専業主婦になった経緯
「専業主婦になれば?と言ったのは、彼女が仕事の愚痴ばかりこぼしていたからです」
信之は、千紗が専業主婦になった経緯をそう話す。
なんでも、千紗は不動産会社の秘書室で働いていたが、同じ部署のお局と反りが合わないとかで、随分ストレスを抱えていたのだという。
「妻にやりたくない仕事を続けさせるなんて、男としてどうかと思うじゃないですか。僕も一応、大手出版社に勤めているし、養ってやれないわけじゃない。それで、仕事は辞めたらいいよと伝えたんです。
もちろん、華やかな彼女が、ファッションや美容に少なくない額を使っていることは知っていました。でもそれは結婚し、家庭に入るなら節約するのが当然。僕はサラリーマンです。湯水のようにお金があるわけじゃないことくらい、いちいち説明しなくてもわかるでしょう」
信之の言葉で、結婚と同時に仕事を辞めた千紗は結婚当初、毎日楽しそうにせっせと家事をこなしてくれたという。
九段下に借りたマンションにも「すごい素敵!」と目を輝かせ、「毎日家事頑張るね」などと殊勝なことを言ってくれていた。
正直、結婚するまで実家暮らしだった千紗の家事スキルは高くない。しかし朝は和食派の信之のために、夫より1時間早く起き、焼き魚付きの朝食を用意してくれるなど一生懸命だった。
だからこそ信之も、できる限り妻の要望に応えてやりたいと思ったという。
「正直、毎月のカード請求額は、予想をはるかに超えていました。でもまあ、いきなり節約を強いるのも男として情けないし、何より慣れない家事を頑張ってくれている千紗がいじらしくて可愛いかったから、どうにか貯金を切り崩しつつやりくりしていたわけです。
僕だって、彼女がおしゃれすることには賛成なんです。何度も言いますが、千紗は可愛いし、服もジュエリーも、似合うものを買ってあげたい気持ちは山々なんですよ」
ところが、結婚して1年が経つ頃から、だんだん妻の手抜きが目立つようになっていったと信之は話す。
男性ならこの気持わかってもらえますよね?
「まず、朝起きてこない日が増えました。洗濯物や洗い物がそのまま放置されていたり…まあでもそれは、体調が悪かったり彼女にも事情があるのでしょう。家事をきっちりこなしてもらえればもちろん有難いが、してもらわなくてもなんとかなる。そもそも独身時代は自分で適当にやっていたわけで」
少々不満そうな表情を浮かべながらも、信之は「家事の手抜き、それ自体が問題なのではない」と口にする。では何が、彼を苛立たせたのか。その理由を、信之はこんな風に語った。
「そうですね…。一言で言えば、僕が良かれと思ってしてあげていることに対して、感謝の気持ちが感じられなくなったこと、でしょうか。僕が家賃を負担して住んでいる家も、食事も、細かいことを言えば電気もガスも水道も。遠慮するそぶりさえ見せず、当たり前の顔で使い放題しているのを見ると…なんとも言えない気持ちになります。男性ならこの気持ち、きっとわかってもらえると思いますが」
モヤモヤとした思いを吐き出すように、信之は一息に話した。
「本当なら、言わなくても気づいて欲しかった。でも千紗には、ハッキリ伝えないとわからないんだなと。それで彼女に言ったんです。うちはセレブじゃない、好き放題されては困る。食費と日用品の代金として7万円を渡すから、その範囲でやりくりして欲しいって」
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