オトナな男 Vol.3

「私、彼氏がいるのに…」女を虜にする男が、デートの帰り際に発した一言とは

電車が渋谷駅に到着し、咲希と圭太は合流する。

「吉沢さんおはようございます。まさか会うなんて驚きでした」

「咲希ちゃんおはよう、ビックリだね。俺、自由が丘に住んでるからたまに二子玉川で乗り換えるんだよ」

咲希は思わず、鼻筋の通った圭太の横顔をうっとり見つめてしまう。

「咲希ちゃんさ、電車でずっと俺のこと見てたっしょ、目が合う前から気付いてたんだ」

笑いながら言われて、思わぬ圭太からの指摘に咲希は頰を赤らめる。

「あ、いや・・・」

「・・・あれ、吉沢と高宮さん?」

返答に困っていると、後ろから圭太の同期である佐藤が話しかけてきた。二人でいるところを見られ、なんとなく気まずさを感じる。

「おー佐藤か、おはよう。高宮さんと電車一緒だったんだ」

「仲良しだな。あ、ごめん俺今日の会議の資料まだだからちょっと急ぐわ、二人ともまた後で。」

じゃあ、と佐藤は歩みを進める。

「高宮さん。吉沢には気をつけろよ、悪い男だぞ」

そのあと佐藤は、圭太にだけ聞こえるように耳元で何か囁く。圭太はその言葉に苦笑していた。



圭太と思わぬ遭遇をしてしまった咲希は、出社早々トイレで鏡にうつる自分を確かめる。大丈夫、化粧も髪も完璧だった。鏡を見ながら、ふと佐藤の言葉が蘇る。

―気をつけろ、って何に気をつけるんだろう。

だがそんな疑問は、圭太と朝から会えた喜びにかき消される。咲希はその感情に、もはや違和感さえ抱いていなかった。


「高宮さん行くよ」

席に戻ると、すぐ梨江子に呼ばれた。咲希は心臓が小さく跳ねるのを感じながら、素早くリップを塗り直して梨江子のあとを追う。心なしか足取りが軽い感じがする。

1時間ほどの会議が始まった。

少しずつ成長している咲希ではあるが、会議でまだ発言する勇気はなく、議事録を取るに留まる。会議中も咲希の視界は圭太に奪われ続けていた。

スーツの袖から覗く綺麗な手首の上の、派手すぎず地味すぎない時計は、誰のものよりも丁寧に時間を刻んでいるような気がする。

だが結局、会議中は一度も圭太と目が合うことはなかった。

いつもなら長く感じる会議もあっという間に終わり、出席者はそれぞれ会議室を後にし、通常の業務に戻っていく。

「吉沢くんと少し打ち合わせがあるから、先にデスク戻っててね」

梨江子が咲希に告げる。

「高宮さんお疲れ様」

圭太はひらひらと手を振った。

その骨ばった指に色気を感じ、また見てはいけないようなものを見てしまった気持ちになり、目を逸らしてしまう。「失礼します」と咲希はその場を後にするが、数歩進んだところで振り返った。

圭太は会議室の壁に寄りかかりながら、梨江子と何やら会話をしている。その二人の様子が大人びて見えて、格好良くて、咲希は自分だけがやけに子供っぽいような気がして惨めな気持ちになる。

―ピコン

ちょうどその時、悠からのメッセージが届いたが、相変わらず素っ気ない内容だった。

それを見た瞬間、咲希の中でプツンと糸が切れる。これまで気にしないようにしていたが、その時ばかりは状況も手伝って、悠にまくしたてるようにメッセージを送った。

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