「彼が愛しているのは、奥さんじゃなくて私」と言い切る女の歪んだ恋愛観

自分で言うのもアレですが…と前置きをしてから、有沙は静かに語り始めた。

「私って美人じゃないでしょう?…いいんです、自分でもわかってるから。でもね…“癒し系”なんだって。確かにギャーギャー騒ぐこととか絶対にないし、基本的に聞き役。相手が男でも女でも人の話を聞いている方が楽なんです。だからかな…自然と悩み相談を受けることが多くて」

言葉を切った彼女は小さく息を飲む。そして下を向いたまま「あの人ともそうでした」と言った。

「気づけばもう10年以上経つのか…私が25歳の時の話です。今は時代が変わってあまりないみたいだけど、当時は社内の飲み会がすごく多くて。違う部署の男性とも知り合う機会がたくさんあったんです」

特に有沙は若い頃からお酒が強い。さらには聞き上手で愛想も良いとなると、あちこちから引っ張りだこだったであろうことは容易に想像できた。

「彼…塚本さんは、新卒の頃から随分可愛がってくれていました。5歳年上の彼は当時30歳。仕事のできる人だから色々と相談にも乗ってくれて。二人で飲みに行くことも度々ありましたが、それは本当にただの先輩・後輩として。彼はすでに結婚していましたし、子どもが生まれたと聞いてお祝いを渡した記憶もあります」

しかしそこで、有沙は「ただ…」と言葉を濁した。

「最初からお互いに好意を持っていたとは思います。同期からも“塚本さんって、有沙のことほんと好きだよね”なんて言われていましたし。ただそうは言っても彼は既婚者。私に、“彼の大事なもの”を壊すつもりなんてもちろんありません。だけど...その“大事なもの”という前提が壊れていったんです」

塚本と有沙の関係が変わったのは、彼に子どもができて半年が経とうという頃だった。

「彼が奥さんとうまくいってない、と零すようになって。もちろん、最初はよくある既婚者の愚痴だと思っていました。だけど何度も話を聞いているうち、そうじゃないとわかった。というのも、子どもができてから奥さんが豹変したそうなんです。彼のことを毛嫌いするようになり、スキンシップどころか日常会話もままならなくなったそうで」

もともと塚本に好意を抱いていた有沙は、彼の口から奥さんの横暴を聞かされるうちに、ある疑問を持つようになったという。

「話を聞けば聞くほど彼の奥さんって酷いんです。専業主婦のくせに家事も適当で、彼がちょっと仕事で遅くなると先に寝てるし朝も起きない。それだけならまだしも理不尽に逆上したり、信じられない暴言まで吐くらしくて…そんな結婚生活、守る必要あるのかなって。そう思うようになったんです」

有沙は当時、都立大学の賃貸マンションで一人暮らしをしていた。その狭い家を塚本が訪ねるようにるのは…時間の問題だった。

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