30歳の誕生日までにプロポーズされたい。切実な願いを無視された女が、それでも彼と別れない理由

結婚する気があるのか、ないのか。

そうはっきり問いただした後も、博之の千絵に対する態度はまるで変わらなかった。

いつも通りに連絡を取り合い、二人の予定が合えば週末をともに過ごす。そんな安定しきった関係とは裏腹に、千絵の心は次第に不安定になっていった。

「一体どうするつもりなんだろうって、日に日に不安が募りました。何事もないまま30歳の誕生日を迎えたらどうなっちゃうんだろう。別れることになるの?って」

問いただしたい気持ちをどうにか堪え、いよいよ迎えた千絵・30歳の誕生日。

「当日はお互い有給をとっていて。博之が『ふふ 河口湖』に連れて行ってくれました。行ってみたかった場所だからすごく嬉しかったし、正直、期待もしていました。...きっと今夜、プロポーズしてくれるよねって」

しかしテラスでワインを開け、のんびりと寛いでいる時。博之が千絵に言った言葉は、プロポーズではなかった。

彼は結婚を申し出る代わりに、千絵にこう言ったのだ。

「結婚について考えていないわけじゃないけど、今すぐっていうのはちょっと...。今の自由な関係が俺はすごく心地いいし、千絵も同じだと思ってた。千絵はどうしても今すぐ結婚しなきゃダメなの?」

「...そういうわけじゃないけど...」

咄嗟にそう答えながら、千絵は頭が混乱してしまったという。

結婚を考えていないわけじゃない、でも今すぐにはできないのはなぜなのか。いつになればできるようになるのか。そして、今ダメなものがこの先OKになる日がくるのか…?

「様々な疑問が頭に浮かんできましたが、それを整理して言葉にする前に博之が畳み掛けるように言ってきたんです。“俺は千絵と、今まで通り付き合いたい。...それじゃダメ?”って。ダメってわけじゃないけど...って答えに困っていたら、“よかった。千絵ならわかってくれると思ってた”なんて、ちょっと安心した表情で言われました」

千絵はちろん結婚はしたいと思っている。しかし、今すぐじゃなきゃダメというわけではない。

無邪気に安堵の表情を見せる博之に、千絵は結局、それ以上何も言えなくなってしまったそうだ。

「モヤモヤとした思いは残りました。でも...博之が私と一緒にいたいという気持ちはわかったし、それなら結婚はまあ、今すぐじゃなくてもいいのかなって。これ以上彼に詰め寄って、せっかくの楽しい時間を台無しにするのも嫌だったから...」

そうしてうやむやとなった結婚話は、その後再びお蔵入りとなった。

別れることもないまま、二人は今なお代わり映えのしない交際を続けている。まるで、何事もなかったかのように。

「別れた方がいいって思いますか?…友人にも言われます。見切りをつけて次に行くべきだとか、別れなくてもいいから他も同時進行するべきだとか。でも私、そんなに器用じゃないし...」

ポットに残る紅茶をカップに注ぎながら、知恵はどこか自分に言い聞かせるように続ける。

「だけど、新しい恋を探せとかってみんな簡単に言うけど、今から新たな出会いを探すなんて大変。しかも出会ってからも好きになれるかどうかも付き合えるかどうかもわからなくて、さらにはどうにか恋人同士になったとしても、また結婚について悩まなくちゃいけないわけで...」

わー大変、と千絵は大げさに首を振る。

そしておっとりとした口調のまま、しかし頑なとも取れる態度でこう言うのだった。

「それなら、少なくとも結婚を考えてくれている博之と一緒にいた方がいいと思うんです。…違いますか?」

最後にそう言って、千絵は店を後にした。「ご馳走さまでした」と深々と頭を下げる様子は、やはり“箱入り娘”そのものだ。

彼女にもう少しのしたたかさがあれば、状況は大きく違っていたのだろうと、その後ろ姿を見ながら思わずにはいられなかった。


▶NEXT:4月23日 火曜更新予定
男からメンヘラ認定されてしまう女の、ダメ恋報告

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