仕事もプライベートも充実している男に漂う、ある種の余裕。
そんな余裕を身にまとい、常に冷静沈着。だが時折見せる笑顔は人懐っこく、良い意味で隙がある…。
これは、外資系メーカーで営業をしている啓介(29)が思い描く理想の男のイメージだ。
だが実際の啓介は、平均よりはスペック高めな自分を自認しつつも、起業したり早期昇進したりする猛者に囲まれ焦燥感を抱き、余裕があるとは…言えない。
なんとか20代の最後までにマネージャーに昇進しようと奮闘するも、「あと一歩」成果の出ない日々が続いていた。だが…?
「では、カンパーイ!」
今夜の食事会の相手は、美人揃いの丸の内OL。
しかも、みな美人なだけでなく、かなり場馴れしている様子だ。男たちの話に適度に相槌を打ったり質問したりと、コミュニケーション能力が非常に高い。
だが、啓介が働いている会社は彼女たちのようなハイレベルの女性にもウケが良い。自信満々に自己紹介した後、彼女達の目の色が少し変わったのを、啓介は見逃さなかった。
ーまずは好感触だな…。
啓介は、店に入ってきた瞬間から気になっていた女性がいた。女性陣の中でも一際清楚で、意志の強そうな大きな瞳が印象的な、大手不動産会社で役員秘書をしているミカ(27)だ。
無事に隣の席を確保し、あからさまな好意を見せつつ距離を縮めていく。
「ミカちゃんって、すごく可愛いよね。休みの日は何してるの?」
「私?休みの日はね…」
ぐっと距離を縮めようとした途端、ポケットのスマホが振動した。
ーマジかよ…。
タイミングの悪い着信に、啓介は苛立ちを隠せない。焦ってしまいスマホを取り出す仕草も決まらず、ミカのこちらを見る目線もなんとなく冷ややかな気がした。
おまけに電話で離席している間にミカの隣は奪われており、その後は一向に彼女との距離が縮まらないまま、1次会はお開きになってしまう。
ーまだミカちゃんと全然喋れてないのに…。
「なぁ、2次会行こうよ!」
なんとか挽回しようと、啓介は前のめりで提案をする。
「えーどうしようかな。今って何時?」
ミカの隣にいた女の子が、迷う素振りで啓介の左腕を覗きこんでくる。そこには自慢の高級ブランドの腕時計があるのだ。だが啓介は慌てて腕を下ろした。
「あ、えっと、コレ、今日は止まっちゃってて…」
咄嗟に言うが、さすが女性たちは目ざとい。面白いものを見つけた時のように、騒ぎ始めたのだ。
「え、まさか、動いてない時計着けてるの?」
「もしかしてブランド品見せつけたいだけ?」
社会人2年目の時に奮発して購入した、高級時計メーカーの腕時計。
女性たちの言う通り、この数ヶ月間この時計は止まったままだ。
買って2~3年目から徐々に時間がずれるようになり、最近では止まりがちになっている。この腕時計しか持っていないためメンテナンスに出すタイミングがなく、今日もそのまま着けてきたのだ。
時間なんてスマホで確認すれば十分。それよりも、この高級時計を着けていることに意味がある…はずだった。
啓介の見え透いた言い訳も虚しく、女性陣に失笑され、大恥をかいてしまう。なんとか気まずそうに苦笑いしていたミカとは、連絡先の交換はできたものの、確実に失敗した夜となった。
だが、ツイてない日は、この日だけではなかったのだ。