
女の嘘:「私、一人じゃ生きていけない…」男が簡単に騙される“子鹿女”の裏の顔
あっさり捨てられる、“強そうな女”
「…佐江、大丈夫?」
西麻布『亀吉』の半個室で、私は急に黙り込んでしまった佐江を覗き込んだ。
大学時代からの親友・佐江は大手広告代理店で働くバリキャリ。
普段はかなり忙しそうで、“仕事終わりに食事でも”と誘いのメールをしても“22:00以降なら”などと言われてしまい、有名どころとはいえ弁護士秘書の私とはまるで時間が合わない。
それなのに今日は佐江のほうから“話を聞いてほしい”と連絡があったのだ。
…直感で、ピンときた。それで私は、人目を気にせず話せて、かつ佐江の大好きなモツ鍋が良いだろうと考え『亀吉』を予約したのだ。
そして案の定、その直感は当たっていた。
佐江には1年ほど付き合っていたテレビ局勤務の男(剛・30歳)がいたが、つい先日、彼の部屋で見覚えのないヘアクリップを発見したらしい。
そして当然の如く浮気を問い詰めたところ、佐江の方がフラれてしまったというのだ。
「剛くん、一体どうしちゃったのよ。本命は佐江のはずでしょ?…って、そもそも浮気自体あり得ないんだけどさ。ああムカつく。私が行って、一発殴ってやりたいわ」
私の目の前で、佐江は今にも泣き出しそうなほどに落ち込んでいた。
むしろ話を聞いているだけの、部外者のはずの私のほうが、問題の彼・剛に対し怒りがふつふつと湧いてくる。
剛には一度だけ会ったことがあるが、何がそうさせるのか妙に自信満々で、女性に対し上から目線で口を利くのが私は最初から気に食わなかった。…そういう男こそ、実際は小心者なのに。
「奈美、ありがとう…。でも、もういいのよ」
憤慨する私に、佐江はそっと前髪をかきあげ、儚げに首を振った。
「もういいって…このまま引き下がるの?」
彼女の言葉に目を丸くしながら、私は佐江が自分とは真逆の性格をしていることを思い出した。
実際の佐江は、私なんかよりずっと女っぽく、情にもろく、繊細なハートの持ち主。しかしそれをあえて隠すようにかっこいい系の服を選び、眉尻も目尻も上がったクールなメイクで、どこから見ても自立したいい女を演じているのだ。
見た目だけではない。例えばこれまでの恋バナを振り返ってみても、私とは彼氏への接し方がまるで違うのだ。
佐江は、実際は乙女なくせに、男にワガママを言うことも甘えることもないらしい。むしろ彼氏がいても率先して重い荷物を運んだりすると聞いたこともある。
…そんなの、私にはありえない。
今回のことも、私が佐江の立場だったら、絶対に黙って引き下がったりなんかしない。何が何でも、彼を取り戻そうとするだろう。
しかし佐江に、そんな発想はないようだ。
「私、剛にいい女だったって思ってほしいの。剛は私の、芯の強いところが好きだって言ってくれた。だから…泣きも縋りもしたくない」
何かを吹っ切るように顔をあげると、佐江ははっきりとそう言った。
その表情には強い自尊心が滲んでいたが…しかしその声はかすかに震えていたし、実際、彼女は大好物のはずのモツ鍋も喉を通らないほど落ち込んでいるのだ。
−女が強く見せて、いいことなんかないのに。
そう思わず言いかけて、しかし私は途中でやめた。
佐江だって、美しく賢い女だ。そんな彼女がわざわざ自分を強く見せるのに、理由がないわけがない。おそらく彼女はどこかのタイミングで、脆く弱い自分に生きづらさを感じたに違いないのだ。
不器用だとは思うが、否定することはできなかった。
「佐江は正真正銘、いい女だよ。…剛くんには勿体無い」
私は居た堪れない思いで、佐江の手を握った。
…本当に、男ってやつは上っ面しか見ていない。
佐江を振った男は、彼女が本当は懸命に涙をこらえていることなど知る由もなく、今ごろ「助けて!」と声高に叫ぶ別の女に手を差し伸べているに違いないのだ。
−女は、か弱いフリをしておくに限るー
私はこの夜、改めて持論の正しさを思い知った。
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