新橋ストーリー:男の“35歳”は人生の岐路。親友が親友でなくなる瞬間が男にはある

それ以降は、お互いの仕事の話をした。

櫻井が今、手がけている人気アイドルのアジア進出のプロジェクトの話は興味深かったし、僕が買収に関わっているIT企業のエンターテイメント部門について、櫻井が情報をくれたりした。

しかし話せば話すほど、遊ぶためにお金を稼いでいる櫻井との価値観のズレを感じてしまい、そのうち、会話が途切れ、2人共、携帯をイジる事が多くなった。

そして、店に入って2時間くらいが経ったのだろうか。

「これが、最後のお料理となります」

具は、鱈とたらこだという土鍋ご飯が運ばれてきて、再会の時間が終わりに近づいたことを知る。

「この後の、デザートはどうされますか?」

店員の質問に、僕と櫻井は顔を見合わせた。一瞬の間の後、櫻井が、デザートは結構です、と言った。

店を出たのは、22時半を過ぎた頃だった。

「奢ってもらって悪かったな」

結婚祝いだから、と櫻井が会計を先に済ませてしまっていたのだ。

「次はお前が奢ってくれればいい」

僕は、分かった、と答えたけれど、その”次“はしばらく来ないであろうことを、僕たち2人共が理解していた。


「タクシーで西麻布行くけど、ヒデ、どうする? どっかまで乗ってく?」

「いいよ、まだ電車あるし」

そっか、と言うと、櫻井はタクシーを止め、じゃあな、と言って乗り込んでいった。ドアが閉まる前に、飲みすぎるなよ、と言ったけれど、その声が届いたかどうかは分からない。

乗り込むとすぐに携帯を開いた櫻井は、見送る僕を振り返ることも無いまま、タクシーは遠ざかっていった。僕は、櫻井と2人できた道を、今度は1人で新橋駅に向かって歩きはじめた。


沢山の人生が喧騒の中で絡み合う、働く男たちの聖地、新橋。

酔いで顔を赤くしたサラリーマンたちが、ネクタイを緩め、肩を組み、歌っていたり。しゃがみこんだ上司を介抱している部下もいる。

ここにいる誰もが、僕や櫻井と同じ。どこかでだれかと交わり、共に時間を過ごし、そして別れて、それでも前へ進まなければならないのだ。

ほろ苦い再会の余韻に浸りながら歩いていると、LINEが鳴った。

「何時になりそう? 式場のパンフレットもらってきたから話したくて」

もうすぐ駅だよ、と返信し、僕は彼女の待つ家へ急ぐ。

今は共に歩むことができない旧友の人生も、楽しく幸せな日々が続くよう祈りながら。

ーFin.

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