新橋ストーリー:男の“35歳”は人生の岐路。親友が親友でなくなる瞬間が男にはある


――もうすぐ、独身仲間じゃなくなるんだけど。

どう切り出せばいいか迷ったが、直球を投げることにした。

「俺、もうすぐ結婚するよ。最近、プロポーズした」

「えっ!?マジで!?」

「マジで。彼女と付き合って、もう4年だし。今式場も探してるとこ」

「……へえー。そうか、じゃ、おめでとう、だな」

櫻井は、日本酒の入ったおちょこを僕の方に差し出した。ありがとう、といいながらカツン、と杯を合わせてみたものの会話が途絶え、気まずい雰囲気はぬぐえなかった。

僕は櫻井の腕に見えた時計に話をそらしてみる。

「いい時計だな」

「あ、気づいてくれた?これ、最近手に入れた限定もの。政府がらみの大きい仕事がうまくいった記念に、自分への投資だと思って奮発した」

その時計の値段がだいたいどれくらいなのかは、想像がつく。ただ、装飾品にお金をかける趣味のない僕にとっては、ケタ外れの数字で、到底理解できない。

また話が続かず、気まずい雰囲気に戻ってしまった。すると櫻井が、なあ、と珍しく真剣な顔で言った。


「マジな話さ。俺たち今、まだ35歳でさ。仕事もこれからってとこだろ。今結婚とかしちゃって子どもとかできたら、そればっかり優先になって、この時計みたいな自分への投資とかも、自由にできなくなるだろ?」

櫻井の言いたい事は分かる。けれど僕はもう、その意見に同調はできなかった。

「俺は、まだ35歳だとは思わない。”もう“35歳だと思ってる。自分のためだけに働くのは飽きた、というか。だから結婚して、家族のために働くっていう次のステージに行こうと思う。その先にあるものが見たい」

僕から目をそらした櫻井が、しばらくして、ボソっとつぶやいた。

「まだ35歳なのか、もう35歳なのか、ね……」

自分の腕時計に視線を落とし、しばらく何かを考えているようだったが、やがて吹っ切れたように顔を上げると、櫻井は明るい口調で言った。

「ま、単純な話、俺はまだまだいろんな女の子と遊んでたい、ってだけだけどね。でもヒデの結婚は心から祝福する。式には絶対呼んでくれよ!」

そして、もう一度僕の方に、おちょこを差し出した。屈託のない学生時代と変わらない笑顔で。でも2人とも、もうあの頃の僕たちじゃない。

「呼ぶよ、式には絶対」

少し切なくなりながら僕は、櫻井のおちょこをカツン、とはじき、乾杯すると中身を一気に飲み干した。

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