念願の昇進を果たした日に、「離婚」を言い渡された男
1年前、妻に突然「離婚」を言い渡されてからというもの、弘治の人生の目的を完全に見失ってしまった。
何のために、働いているのか。
何のために、頑張っているのか。
何のために、生きているのか。
他人に話せば大袈裟だと笑われるに違いないが、仕事に精を出す時間以外は、そんな疑問が幾度となく頭をよぎる。
元妻は、学生時代のサークルの後輩だった。
国立大学の男と女子大の女をくっつけることが目的のよくあるテニスサークルで、弘治と元妻は学生時代から数年の交際を経て、社会人2年目あたりで結婚した。
平凡な話だし、晩婚化が進む昨今、結婚に踏み切るには少々急ぎすぎたと思うこともあったが、弘治は結婚生活に満足していた。
妻は人に自慢できるほど美人というわけでもなかったが、思慮深く従順な性格で、家や夫の身の回りの世話を焼く能力が高かった。
フラワーアレンジメントの資格を生かして花屋で働いてもいたが、彼女はほぼ専業主婦のようなもので、家のことを安心して任せて仕事に集中できるのも有難く、弘治は妻を愛しているつもりだった。
銀行というのは、とにかく出世競争の激しい世界である。
5年ほど前に「半沢直樹」というドラマが流行ったが、あれは作り話でも何でもない、弘治の日常そのものだ。
弘治は東大卒という学歴、実力、そして運にも味方され、順調な出世コースを歩んでいた。都心の大型店舗の配属を経て、丸の内本店の法人営業部に勤務。一言で言えば、まさに順風満帆な人生だ。
“とにかく出世がすべて”という世界で、上司に気に入られ、部下の面倒を見て、人事部の機嫌を取りながらも仕事の成果を出し続ける。
それは優秀で要領のいい弘治にとっても簡単な事ではなかったが、40歳を目前に異例とも言われるスピードで副部長の肩書きを与えられた時は、何物にも変えられない達成感と喜びが溢れた。
しかし、その昇進ニュースを意気揚々と我が家に持ち帰ったとき、弘治がそれを口にする前に“離婚届”を妻に突きつけられたのである。
妻には長年蓄積した様々な不満があったそうだが、一番の理由は、
―私が家計やら栄養バランスを細かく考えて作った食事を、あなたが毎晩のように平気で「いらない」と言うのを聞くのに疲れたー
とのことだ。
その後、弘治がどんなに引き止めても、いくら挽回に努めようとしても、彼女は頑として意思を変えなかった。
それどころか、最終的には慰謝料も家も何もいらないからとにかく早く離婚して欲しいとせがまれた。
それは弘治にとって長年の夫婦の歴史や自分の存在自体を否定されたに等しく、再起不能なまでの精神的ダメージを負ってしまった。
その致命傷とも言える心の傷は、まだほとんど癒えてはいない。
この記事へのコメント
上司・部下の関係で、異性と二人きりになった瞬間、アウトです。ハニトラだろうと、純粋な恋心であろうと。
もはや、社内恋愛は20代の若者同士にしか許されなくなってしまいました。
こんなにおっさん扱いされちゃうの?