“自分らしい”決断
その後も知美は、涙ながらに聡子に訴え続けた。
聡子が現れるまで陽介との関係は順調だったこと、プロポーズこそされてはいないが、二人はほとんど結婚前提に付き合っていたこと。
「私、陽ちゃんの奥さんになるために、家事もお料理もずっと頑張ってて…!聡子さんは、仕事があるんだからいいじゃないですか!私には陽ちゃんしかいないんです!!」
泣きじゃくりながら必死で陽介への愛情を訴える知美。彼女の姿を目の当たりにすると、聡子は不思議と冷静になっていく。
これまで知美を“ゆるふわOL”だなんて目の仇にしていたが、形は違えど、彼女も聡子同様、必死で頑張っているのだ。
そして、円満だったカップルを壊すなんて、それこそ自分らしくない。
「知美さん、話はよく分かったわ…」
そうして聡子は、自分は身を引く決意をした。
◆
その週末、聡子はスポーツジムにて、ランニングに励んでいた。
最近は、Netflixのドラマを観ながら、空き時間にトレーニングに没頭するのが日課になっている。
マシーンで汗を流しながら、つい最近新シリーズが始まった『Marvel ジェシカ・ジョーンズ』のシーズン2をiPadで観る。これは、心に傷を抱えた女探偵が、彼女の人生を破壊した男を追い詰めていくという物語で、世界的に人気なマーベル作品だ。
今はこのドラマにすっかり夢中で、前日に自宅のPCで観ていた続きを、トレーニング中もこうしてiPadで観ている。Netflixなら、デバイスを変えても、前回観ていた続きからすぐに再開して楽しむことができるのだ。
そして聡子は、ドラマの主人公・ジェシカの強い姿に励まされ、ある行動を起こした。
陽介に自ら連絡をとって、キッパリと言ったのだ。
恋人のいる陽介と聡子が二人きりで会うのはフェアでないこと。かつての恋が戻ったように思えたのは、単にお互いに思い出が懐かしくなっただけで、陽介に至っては、マリッジブルーのような気持ちもあったのではないか。
陽介は少し戸惑っていたようだが、正直に答えた。
「知美とは結婚を考えていたものの、どうしても踏み出せずにいたときにちょうど聡子に再会して…。それで気持ちが揺れたんだ。でも確かに、聡子の言う通りかもしれない…。ごめん…」
陽介がすんなりと聡子の説得に応じたのには少し胸が痛んだし、格好つけすぎてしまったかもしれないとも思う。
だが、自分らしい選択をしたことに後悔はなかった。
◆
それからしばらく経ったある日ー。
聡子は、Instagramで知美が婚約を報告しているのを目にしてしまった。
彼女は嬉しそうに婚約指輪をはめ、その隣にいる陽介も、幸せそうに微笑んでいる。
ー私は結局、二人のお膳立てをしちゃったのかな…。
覚悟はしていたつもりだったが、そんな写真を目にしてしまうと、再び聡子の胸は締め付けられ、目には自然と涙が滲んでしまった。
いつものように自宅でぼんやりとNetflixを観ていると、レコメンド機能で勧められた『食べて、祈って、恋をして』という映画に目が止まる。
それはジュリア・ロバーツ主演の、離婚をきっかけに世界旅行に出発した女性のストーリーだった。
何気なく見始めた映画ではあったが、様々な苦難を乗り越えながらも前向きに生きる彼女の姿に、聡子は共感を覚えると共に、少しずつ元気づけられる。
―私も、早く立ち直らないと...。
そんな風に思い始めた矢先、スマホがLINEの通知を知らせた。
―聡子ちゃん、元気?突然だけど、今度の土曜日空いてる?
それは、ワタルからの誘いだった。