“恋はいつだって予想もせずにはじまるもの”
篤人は脱毛サロンをメインとした、エステティックサロンやリラクゼーションサロンを大阪と神戸で数店舗運営する会社の社長で、学生起業家として業界では名が通った男だった。
ラウンジで30分ほどお互いの自己紹介などの雑談を交わして、梓の目が篤人のファッションにも慣れてきた頃、彼がポケットからあるものを取り出した。
「豊中のご自宅まで、お送りしましょか?」
彼の右手では、フェラーリのキーが揺れている。
「え、でもそんな悪いんで、いいですよ」
一度は断るが、篤人は「遠慮せんといて」と眩しいほど白い歯を見せながら、笑顔を向けてくる。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
フェラーリに乗ってみたいという気持ちもあったが、このまま篤人と別れるのも少しだけ名残惜しい。そんな複雑な女心で、梓は承諾した。
篤人と並んでエントランスへ向かうと、ロータリーにはピカピカに磨かれた真っ赤なフェラーリが、存在感を放っていた。
ヴォウンヴォウウン、ヴォウオオオオン。
フェラーリは、豪快な音をたてている。
「さ、どうぞ」
梓は、すでに快適な空調に整えられている車内へと促される。
「梓ちゃん、良かったら今度、お食事でもどうやろう?」
自宅へ向かう途中、少しだけ緊張した表情で篤人が言った。その様子に、梓は思いがけず心を掴まれる。
―でも、いつもこんな服装なんかな…。
だが、こんなハイスペ男をこれだけで斬り捨てるのは勿体ない。
「はい、喜んで」
きゅっと口角を上げて、梓が一番自信のある笑顔で答える。
ちょうどその時、自宅前で車が停まった。
◆
1週間後の日曜日。
篤人が待ち合わせに指定したのは、多くの人で賑わう心斎橋OPA前だった。
向かいの大丸からは雑誌から抜け出したような上品な家族連れが颯爽と信号を渡り、御堂筋の花壇には外国人と日本人のカップルが何やら楽しげに笑い合っている。
待ち合わせとして特に人気のスポットで、学生時代から数えると、何度ここで待ち合わせをしたことだろう。
10分前に到着した梓は、篤人は地下鉄の駅から上がってくるのか、それとも駐車場から歩いてくるのかと、彼の登場を想像しながら少し浮かれた気分で待っていた。
そして、梓がスマホを見ながら時間をつぶしている時だった。
ヴォウンヴォウウン、ヴォウオオオオン。
「梓ちゃーん!」
聞き覚えのある低い音と、自分の名前を呼ぶ声に、梓の身体はぴくりと反応する。
―え、え、まさか。え、こんなところ車で入ってくるわけないよね?
恐る恐る、いや覚悟を決めて、フーッと一息、深呼吸してから振り返ると…。
真っ赤なフェラーリから降りてきたのは、光沢あるテロンテロンの白系ストライプのシャツに、体のラインがハッキリとわかるスキニー赤パンツの篤人。
手元はギラギラと輝くダイヤ入りの黒のHUBLOT、足元はエナメル素材の白いローファー、ちなみにちらっと覗くソックスも赤色だ。
ド派手な紅白男に、道行く人がざわつく。
地方から遊びに来たであろう家族連れも、大学生同士であろうカップルも、上品そうなファミリーも真っ赤なフェラーリの横に立つ紅白男に注目する。
6車線ある御堂筋で、端の車線から見てもハッキリわかるだろう目立ちぶり。
紅白男は満面の笑みで、梓に手を振っている。
この記事へのコメント
ちなみに豊中から帝塚山学院は遠くて幼稚園・小学校は通えませんよ〜
クルマで送り迎え付きならアリですが…
小学生を通勤ラッシュの朝の御堂筋線に乗せられますかいなっ