「島田さん、ちょっと」
翌週の月曜日、塔子が会社で仕事をしていると、上司の板尾に呼ばれた。
「島田さん、この前作ってもらったクライアントに出す資料だけど、このタレントの選定はまずいよ。この子なんて前に、競合他社で使われてるんだから」
板尾はそう言って、資料に写真を入れていたモデルの女の子を指差し、間髪いれずにこう続けた。
「だからこれ、急いで直して。午後には必要なんだから」
「え、でも…」
塔子が口を開くが、板尾は「じゃ、打ち合わせに入るから」と言ってデスクから離れた。
―そもそも板尾さんがそのモデルを入れろって言ったんじゃない…!
言葉にできなかった想いを頭の中で叫ぶ。
―それにこの資料だって、3日前に渡してたんだから、もっと早く見てくれればこっちだってこんなに急ぎで修正しなくてもよかったのに…!
言いたいことは沢山あるが、塔子はぐっと我慢する。
板尾の理不尽な物言いは、今に始まったことではない。昨日と今日で言っていることが180度変わるなんて、よくあることだ。
―私が我慢すれば、波風を立てずに済む。
そうやって、塔子は自分に言い聞かせる。上司や後輩にいちいち目くじら立てるよりも、その分自分が頑張ればいい。
そっと自分に言い聞かせて、折り合いをつける。
恋愛だってそうだ。恭介の負担になるのが嫌で、「会いたい」という言葉は我慢して、デートをドタキャンされても「仕事だから仕方ない」と自分に言い聞かせる。
そんな塔子のことを、仲の良い女友達は「我慢しすぎ」と言う。
塔子自身も、我慢することが沁みついている自覚はあるし、その理由もなんとなく分かっている。
小さい頃から親に「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と、事あるごとに言われてきたからだ。
塔子には4歳年下の妹がいる。ケーキも、大好きなキャラクターのぬいぐるみも、可愛い文房具も、妹が欲しいと言って泣き喚くと、塔子はぐっと我慢して妹に譲っていた。
お陰で、塔子はしっかり者のお姉ちゃんとなり、妹は愛嬌たっぷりで自由奔放に育った。
あざとさが透けて見える女
「お疲れ様でぇす♡」
板尾に指摘されたところを急いで直そうとしていた時、遠くから耳に付く声が聞こえた。
顔を見なくてもわかる。バックオフィス部門の瑠実だ。
いつものように、鼻にかかった高い声で男性社員に愛想を振りまきながら、デスクの間を優雅に歩く。
「塔子さん、お疲れ様です」
首を斜め45度に傾ける瑠実に、声をかけられた。
瑠実はたしかに、同性の塔子から見ても可愛い顔をしているが、これ見よがしな仕草や、あざとさが透けて見える態度が、塔子はどうも苦手だ。
我慢の「が」の字も知らないような、自由奔放に世間を渡り歩こうとする姿が、妹と重なってしまうからなのかもしれない。
「塔子さん、頼まれてたのって、これで合ってますか?」
そう言って瑠実から備品の発注書を見せられると、塔子は思わず眉根を寄せてしまった。