
私、美人じゃないのにモテるんです:見た目だけの女なんて、相手にもならない
「ごめんね莉乃、お待たせ」
待ち合わせ時間に遅れること5分。会社の玄関ホールに、真央が小走りでやってきた。その後ろからもう1人の女性が、急ぐ様子もなくゆったりと歩いてくる。
時々部内プレゼンの場で見かける、緩やかなウェーブが特徴的なロングヘアの美人。腰まである髪はいつも艶やかに手入れされており、重力に少しも逆らうことなくすとんと地面に向かって落ちている。
小ぶりな顔には全てのパーツが行儀よく並んでいるが、特に印象的なのは、気の強さをあふれんばかりに放っている大きな目。
「同期の陽菜よ。こちらが後輩の莉乃。」
陽菜は莉乃を一瞥し、申し訳程度の微笑を浮かべて「どうも」とそっけなく言い放った後、莉乃の返事を待たずに「行こう」とにこやかな笑顔を真央に向け、歩き出した。
莉乃は聞こえないように小さなため息をつく。「こんな子、私の相手にならない」という侮蔑を含んだ視線。隠しもしない「自分の方が美人だ」という優越感。
圧倒的な優越感があるのならば、余裕を持って微笑みでもすればいいものの、陽菜はきっと莉乃に対して本能的に何かを感じているのだろう。だからこそ、こんな態度を取るのだ。
自己紹介で暴走し出す“美人だけどモテない女”
男性の幹事が予約してくれていたのは、南青山にある『肉匠堀越』だった。
この店は、個室でしっとりと飲みながら、とろける焼肉を堪能できる。何度か来たことのある莉乃が特に好きなのは、焼肉割烹メニューだ。中でもコムタンスープの茶碗蒸しはテールの旨みがじんわりと効いているのがたまらない。
「では、乾杯!」
6人全員が時間通りにそろったところで、軽快にグラスを鳴らし合う。
男性陣は、丸の内にある外資コンサル勤務で30歳。幹事の男性が真央の大学時代の同級生で、同僚を誘ってきたらしい。
「毎日残業三昧。高層ビルから見える東京の景色だけが唯一の癒しだよ」と自己紹介のあと、自虐気味に笑った。もちろん、彼らのその口調ぶりに惨めさは一切なく、余裕すら感じさせる。
「はい、次は女性陣の番」
幹事の言葉を皮切りに、下座の莉乃から自己紹介を始めた。
「莉乃です。化粧品会社で商品企画をしています。目黒在住で、休日に散歩するのが趣味です」と言うと、幹事の男がすかさずこう言った。
「莉乃ちゃんって清楚な感じだよね。白いワンピース、とても似合っている」
挨拶代わりの褒め言葉を「ありがとうございます」とさらっと受け流し、隣にいる真央に目配せして続きを促す。女性陣の自己紹介は、テンポの良さが重要だ。
続いて真央が自己紹介し、最後は陽菜の番だ。その口からは、予想外の言葉が放たれた。
「Hi、ハルナです。慶應卒で、昔1年間イギリスに留学していました」
ギラギラとした瞳に、ほくそ笑むような顔で“英語で”挨拶した。全員、目を丸くする。
「あら、ごめんなさい。男性の皆さまは英語が堪能そうだ、と思って」
自信満々な陽菜の顔を、莉乃は思わずまじまじと見てしまった。
―美人な上に英語が話せる。間違いなく、私が一番でしょ?真央と莉乃なんて、敵にさえならない。
そんな心の声が聞こえてきそうだ。ここから、彼女の勢いは止まらなかった。
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