婚外恋愛 Vol.2

婚外恋愛第2話 :古民家懐石料理屋の個室にて

前回までのあらすじ

34歳、既婚者の『私』は、とある男性結城と夜の恵比寿で待ち合わせていた。3歳年下の夫、蒼太を変わらず愛している為、結城に対して特別な感情を持ち合わせている可能性を否定しながら待つが、彼が現れた途端に心臓が急速に高鳴り出した。そんな危うさを感じつつ、雨の中の恵比寿の街を、結城と共に歩き出す。

第1話:恵比寿の交差点にて

「乾杯。」

私達の右手はワイングラスを握っている。ここは『あふそや』。恵比寿の住宅街の中にひっそり佇む古民家で、女性料理家が腕を振るう創作家庭懐石を頂けるお店だ。

大雨の中、少々わかりにくいお店までの道順をなんとか間違えずに辿り着くと、外観を見た結城さんが、恰好いいお店だなーと感嘆した。玄関先で傘を閉じると雨に降られそうなので、すぐにレトロな引き戸を開け、遅れてきた事を詫びながら、中へと入る。生憎のお天気の中ありがとうございますと、上品な着物姿の女将が暖かく出迎えてくれた。

少し小振りの玄関で服についた水滴をハンカチで振り払い、ルブダンのヒール靴を脱いで店内に足を踏み入れれば、そこはもう別世界だ。センスのよい家具に囲まれた二人用の個室に案内される。

テーブルに置かれた手書きのお品書きに散りばめられた文字はとても健気で可愛らしく、読むだけでも人を無条件に幸せな気分にしてしまう。一風変わった沖縄懐石の品々 。丁寧に仕上げられた料理に使われる食材ひとつひとつが、キラキラと光り、それがお皿に集まりひとつの作品となる。



私には、社内で定期的に集まる男女4人組の飲み仲間がいる。2か月ぶりに先月集まった際、結城さんが初めてゲストとして参加してくれた。私と同期入社の由香が彼を誘ったのだ。

結城さんは44歳の某メガバンクの銀行員で、子会社である私の勤める証券会社本社の商品管理本部長として出向してきている。今、私は人事部にいて部署は違うが、新卒採用面接官の対応依頼などを通じて結城さんとは既に顔見知りだった。だが、宴席で会うのはその日が初めてだった。

メガバンクのエリート銀行員らしからぬ、また、商品管理という少しお堅い部署の本部長職らしからぬ、結城さんはとにかく気さくで物腰柔らかな人だと社内で有名だった。宴会に誘われれば、余程でなければ断らないくらい人付き合いも良い一方、仕事の場面では常に沈着冷静で、不用意に権力を振るわない。

そんなだから上司からも部下からも人望は厚く、加えて爽やかな外見も相まって、若い女性社員から絶大な人気を集めていた。そんな結城さんと一度は一緒に飲んでみたいと誰に話すこともなく思っていた折、今度の飲み会に彼が来てくれることを由香から聞いた。よく考えればその時から、既に心が躍っていたような気がする。


少し前に広告代理店で働く友人の久美子が『あふそや』を接待で使ったらしく、凄くよかったよー、と私に話してくれた。そのことを他意なく、一度行ってみたいんですよね、と、たまたま隣に座っていた結城さんに話した。結城さんは、へー、と言って、大学時代は慶良間諸島に住み込みでバイトするくらい沖縄が好きだったし、そのお店気になるな、と知的な笑顔でそう返してくれた。

その後、飲み会は程なくして終わりを迎え、地下鉄の階段を下がって行く皆を見送って、結城さんと私は JR の駅に向かって歩き始めた。すると、小降りだった雨が徐々に強くなっていって、駅に着くころには僅かな距離でも足元がびしょびしょに濡れるくらいの大雨に変わっていた。

改札口前、傘の水滴を振り払いながら、隣に立つ結城さんの横顔を確かめる。端正な顔立ちに、長いまつげ。少しカールがかった髪に視線を移すと、小さな雨粒たちがどことなく必死にしがみついているように見えた。

ふと結城さんがこちらを向いたので、目が合ってしまう。思わず目をそらし、すごい雨・・・、と、私が独り言のようにつぶやいた。すると少し間を置いて、今度はふたりで会いたいな、と、結城さんが言った。

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