汐留タラレバ娘 Vol.6

汐留タラレバ娘:社内恋愛の暗黙のルール。二人だけの秘密のはずが・・・

前回までのあらすじ

独身34歳3人組、アキコ、貴理子、なお美。化粧品会社で、経理課長代理として働く島田アキコは、仕事もそこそこ順風満帆だが彼氏はいない。そして3人揃って左手薬指の予定もない。そんなある日、カラオケで盛り上がった同じ会社の営業部のエリートで、「最後の独身男」として女性たちから絶大な人気の玉置孝太郎からデートに誘われる。怯えながら臨んだデートで、玉置のエスコートに、久しぶりの「女の子」扱いをされたアキコは舞い上がる。帰り道「送っていくよ」と言われたアキコだが・・・

前回:34歳独身女の発言は、全て「結婚」に強制タグ付けされる?!


タクシーは、大橋ジャンクションを超え目黒川にかかる橋を越え止まった。

池尻大橋駅近の大橋から目黒駅辺りまでの川沿いには、約800本のソメイヨシノが植えられている。花見の時期には季節外れの雪のような真っ白な桜を求め、花見客でごった返すが、秋の目黒川はひっそりとしている。電球に木々が照らされて真っ暗闇にほんのりと色が浮かび上がる。

—ここで降りたら、ただの同僚になってしまう。せめて、次もう一回会える確約が欲しいよ。玉置さん・・・—

慣性の法則を発見したニュートンはすごい。煮こごりのように凝り固まった受身の恋愛スタンスは、34年間惰性で続いた産物で、一向に動く気配を見せず静止状態を続けている。このまま行けば、アキコの恋愛運は、重力に垂れ下がるヒップのライン同様、予定調和な下降ラインを描くのだ。

脳内では、ギラギラの衣装で天を突き刺すようなリーゼントをキメた布袋がバンビーナを歌いながら「娼婦のリップで誘ってみろよ。」と繰り返しアキコをけしかける。その布袋の脳内ステージを視線の端で捉えつつ、結局は34年の間に強化された他力本願な癖が尾を引き、大逆転のドラマチックな言葉が玉置から降ってくることを願ってしまう。


「あ・・・今夜は、ありがとうございました。そうだ、タクシーのお金・・・」


布袋のけしかけも無残に散り、月並みのお礼の言葉しか絞り出せないことに、自分自信が一番失望している。アキコは、ゴソゴソとバッグの中に手を突っ込み、財布を探した。すると、その手を制するように、玉置は自分の手を重ねた。

初めて触れた玉置の手は、ごつごつと骨ばっており、驚くほど熱い。立ち上がったアキコの目を、タクシーのシートからまっすぐにとらえる玉置の挑発的な上目遣い。こんな風に、下から見上げてきた男とのベッドでの甘いシーンが瞬間脳裏にフラッシュバックして赤面する。遥か昔もはやセピア色の記憶だ。


「島田さん。大丈夫だから。その代わりに・・・」


アキコの心の内を見透かすように玉置はにっこりと笑った。その瞬間、もうこの男に抗うことは不可能だと思い知る。


「次もまた付き合ってね。」


じゃっ、と手を上げ、玉置を乗せたタクシーは去っていった。期待するだけさせておいて、おあずけをくらう男はこんな気持ちなのだろうか・・・

玉置が言った「次」は、大人の社交辞令ということくらいわかっている。幻の動物バクやツチノコのように私の前に現れることは無いのだろう。会社のエース・玉置と、34歳の自分が一晩"デート”できたこと自体、身にあまる幸運だと思っていたのに。小指のつめ先ほどの期待は、「次」を想像することで、ぐんぐんと膨らんで、足るを知れない馬鹿な女になりさがる。


ー分かってるよ。次なんてないのは・・・ー


アキコは邪念を断ち切るようにぶんぶんと顔を振った。幼児が母親からお伽話を読み聞かされ幸せな夢の世界に落ちていくように、「次」が訪れた世界を今夜だけ夢見ることくらい、34歳の女にだって許されるだろう。

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