2015.10.31
日本の酒といえば日本酒。そしてそれに合う旨い肴をアテに杯を重ねる瞬間、“日本に生まれてよかったぁ”と思える。 そんな、至福の時間を過ごせる日本酒と旨い肴を揃える名店をご紹介。
シンプルな中に表現する無駄を省いた技が冴える『栩翁S』
2011年10月、人知れずオープンした『栩翁S(くおうえす)』。一風変わった店名は、人間国宝の陶芸家、故石黒宗磨の雅号にちなんだもの。
器に造詣の深いご主人重嶋友和氏が最も敬愛する陶芸家で、氏によれば「見た目は地味でも、うちからにじみ出る独特の風合いがある」ところが好きな理由なのだとか。氏の料理も然り。派手な盛りつけは好まず、まずは“素材ありき”。
天草のウニや北海道のえりも牛、琵琶湖のスッポン、明石の真鯛etc.全国各地から届く選りすぐりの食材らを前に、いずれも余計な手を加えず、さりとて下ごしらえの手間ひまは決して惜しまずに、本来の持ち味を最大限に引き出せるよう心を砕く。
たとえば写真の“甘鯛のお造り”。2㎏もある大きな上対馬の甘鯛は、一汐をして3日間熟成させ、旨みをピークに持っていくといった塩梅だ。このねっとりとした甘鯛の旨みに合うのが、辛口の福千歳。
日本酒は、この他に常時3~4種類が、その都度銘柄を替えつつ揃えられている。料理と器と酒の三重奏が見事な一軒。
師匠の味を追いながら気付けば自分の味になる『大原』
世代交代が進み、2011年はバーが、2012年は和食店の新規開業が華やかな荒木町に、またひとつ新しい灯りが点った。杉大門通りに大原誠さんが自店を開いたのは2012年6月。
店主・高橋一郎氏の他界により閉店した目白『和幸』で10数年修業し、駆け出しの頃から彼を見守る顧客たちに後押しされ、心を決めたという。
供するのは、「おやっさん」と心から慕う師匠の味を踏襲した、素材を活かすシンプルな料理。
「素材を大切にしすぎて、調味が薄くなりすぎぬよう」と塩梅しながら、日々築地を駆け回り集めた国産の魚や野菜と向き合う。
味わいには尖りがない。盛りつけにも派手さはない。「茶の心得は親方に教わっただけですから」と控え目に言うけれど、茶懐石を供する店で学んだことはきっちりと身に付いている。酒は、決して料理の前に出すぎぬものを出す。
おいしいものを気軽に食べて欲しいと、「俺の時給はタダ」が口癖の大原氏。じっくりと身体に染み込む味わいが、実は一番、酒を進ませて危険なのだけれど。
※こちらの店舗は移転し、店名を『おかもと』に変更し、営業されております。掲載情報は移転前の情報です。
詳しくは下記レストラン概要をご確認ください。
正統派日本料理で背筋の伸びる一献を『おかもと』
カウンターで飲む楽しみ。その構成要素のひとつが、職人の手元だ。カウンターと厨房との間には何の障害も置かず、包丁の動きや今夜使う器が見える。
そんな時、喩えようもない高揚感がふっと身を包む。酒が、飲めて良かったなぁと思う、瞬間だ。2012年7月、満を持して銀座に『おかもと』を開けた岡本英嗣氏は、そんな酔客の目をきちんと受け止める店を用意した。
厨房や店に無駄なものは何もなく、料理に使う材料を置くためにも、それらを和えるためにも、もちろん盛るためにも、とっておきの器を使う。興ざめする小道具はなるたけ最小限に。「見せる」店づくりが、彼のこの店での信条である。
「お客さまが席に座った時、期待感を持っていただくにはどうしたらいいかを考えています」料理はお任せコース1本。味はもちろん、メリハリをつけ、お客の胃の腑のリズムを掴む。
特別希少な産地や食材にはこだわらず、ただ自分の目で納得したものだけを使った料理は、正統派。
凜として、だが決して塩気や甘み、苦み、渋みが突出して前に出すぎず、破綻がない。だから酒を飲む側も、前のめりになる必要がない。ただゆるゆると、流れにのるうちに、気付けばなぜか杯が空く。
「作るプロセスにもメリハリを付けています」 長年の修業で身に付いた美しい所作から生まれる澄んだ味。惜しむらくは、背筋が伸びて不埒な気持ちになれない、ことだろうか。
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