港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:元アイドルが暴く音楽業界の闇!歪んだ大人たちの支配への宣戦布告
世界的音楽プロデューサー・真壁リオが率いる、日本最大級の野外フェス『SWEET FOREST FES』。
ステージに、今、世間を騒がせている覆面歌手がシークレットアーティストとして登場すると、会場は地鳴りのような歓声に包まれた。
さらに、仮面を脱いだその正体が元『QUINTZ-G』のYUMEだと明かされると、衝撃は瞬く間に世界中に拡散され…『8年ぶり!失踪していた歌姫の帰還』『さらに進化した圧倒的歌唱力』――SNSのタイムラインが「YUME」の名で埋め尽くされた。
そしてライブ直後、熱狂の渦中で開かれた記者会見。フラッシュの嵐の中、自らの筋書きの完全勝利に酔いしれたような笑みを浮かべた真壁が、ブラウンレッドのリップを塗り直したばかりの唇を開く。
「さあ、YUME。待っていてくれた世界中のファンに、あなたの口から伝えてあげて」
記者たちのざわめきが収まり、シャッター音だけが鳴り響く中で、YUMEは両手でマイクを握り直すと、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳が真壁でも、レンズの向こうの世間でもなく、会場の端に立つともみへと向けられ、ともみも静かに頷きを返す。奪われた8年間を覆す、反撃の始まり。その合図のように。
言葉を待つ静寂が、空気を張り詰めさせる。そして――YUMEは深く息を吸い、力をみなぎらせるように姿勢を正すと、口を開いた。
「改めて、このフェスで歌わせていただけたこと、その機会を下さった真壁さん、松本さんには、お礼を申し上げます」
真壁と公子の顔が満足そうに緩む。
「その上で、先ほど真壁さんがおっしゃったことに、少し補足の説明をさせて頂きたいと思います」
記者たちが興味深げに顔を上げた。眉をぴくりと跳ね上げた真壁が、口元に笑みをたたえたまま、怪訝な視線をYUMEに送る。
「真壁さんからは『病によってマイクを置いた』と説明がありました。その病について――真実を語らせてください」
真壁が目を見開いた時には、もう、遅かった。
「私は心の病を発症して歌えなくなりました。原因は8年前、真壁さんの指示で――顎の骨を削った、美容整形手術の後遺症でした。
手術を受けたのはデビュー前、私は未成年でした。整形は怖かったですし、私の両親は絶対に反対すると分かっていたので……無理だと伝えたら、親の承諾書を偽造できるから大丈夫だと真壁さんに言われたんです。そうしなければデビューさせないと匂わされ、幼かった私は……結局、手術を受けてしまったのです」
親の承諾書を偽造した、未成年での違法な美容整形――テント内の全員が、一斉に息をのんだかのように静まり返った。けれどそれはほんの一瞬のことで、直後、激しいどよめきが津波のように押し寄せ、まるで爆発したかのようなすさまじいシャッター音にともみは思わず耳をふさぎたくなった。
中断される前に要点を一気に喋りきる。スキャンダルなキーワードを最初に放つことさえできれば、記者が食いつき、YUMEの告発を中断することはできなくなる。それが佐藤弁護士からのアドバイスだった。
彼が書いてくれた告発文の原案を基に、ともみとYUMEは何度も練習して今日に臨んだ。その狙いは的中し、記者たちが椅子を蹴るような勢いで、次々と身を乗り出す。
「真壁さん、YUMEさんの発言は事実ですか?」
「未成年で親の同意がない整形って…明らかに違法じゃないですか」
「つまり、デビューをエサにした整形手術の強要ってことですよね?」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよ、YUME!?」
茫然としていた松本公子が我に返り、甲高い悲鳴を上げてYUMEのマイクを奪おうとした。だが、YUMEは踊るようにその腕をかわし、一段高い壇上から記者たちの前へと降りながら喋り続けた。
「私は今日、真壁さんとの絆でここに戻ってきたのではありません。
真壁さんは、世界的プロデューサーとして崇められながら、今も少女たちの夢を食い物にしています。その闇を告発するために、私は今日、このステージに立ちました」
「会見を中断します! 撮影・録音は直ちにやめてください!」
鋭いヒールの音を響かせ壇上の袖から割って入ってきたのは、仕立ての良さが一目でわかるグレーのパンツスーツに身を包んだ、真壁の事務所の顧問弁護士、満島だった。
蒼白のまま動けなくなった真壁の前に立ちはだかり、女性としてはかなりの長身――175cmは超えていそうな長身と長い腕でカメラのレンズを遮りながら、真壁のマイクを掴んで声を張り上げる。
「事実に反する極めて悪質な業務妨害です!YUMEさんには心療内科への通院記録があり、ただいまの発言も本人の精神的な混乱による一方的な虚言にすぎません。
名誉毀損および偽計業務妨害として直ちに法的手続きを取りますので、皆さまも根拠のない情報を記事にされることがないように強く警告致します。後ほど正式なリリースを出しますので、本日の会見はここまでということで、記者の方々は速やかにご退室ください!」
満島の合図で、周囲に控えていた20名ほどのスタッフが動き、退場を誘導し始めた。
けれどフラッシュは激しくなるばかりで、記者たちの終わらぬ怒号が、テント内に渦巻いていく。
「虚言、とは聞き捨てになりませんね」
収まりのつかない喧噪を切り裂くように、良く通る声が響いた。
記者たちが一斉に振り返る。中央の通路を壇上の方へとゆっくりと歩み出てきたのは、着古し色の抜けたダークネイビーのスーツに身を包み、くたくたの革のブリーフケースを手にした佐藤弁護士だった。
晴れ舞台でもいつものケチっぷりを貫くのだと、ともみは思わず笑いだしそうになった。
「佐藤先生、お話なら改めてお伺いしますので…ここで事を荒立てるのはやめていただけますか?」
満島弁護士が穏やかに制したが、佐藤はニコニコと人の好い笑顔を浮かべたまま、記者たちへ向き直ると、声を張った。
「私は、YUME氏の代理人を務めております、弁護士の佐藤です。先ほどそちらの満島先生は『名誉毀損』とおっしゃいましたが――名誉毀損罪には、公共の利害に関わり、かつ真実であることの証明がなされれば処罰されないという規定がございますよね。
ということで、こちらをご査収ください」
佐藤は鞄から、2,3cmはあろうかという分厚い茶封筒を取り出し、満島へと歩み寄る。
「こちら8年前のYUME氏の施術を担当した医師による当時のカルテ、その他にも、真実性を証明するに足る客観的証拠の一式です。明朝にでも東京地検および警視庁へ、強要罪および医療法違反等に関する刑事告訴状を提出することができる状態です」
「け、刑事告訴……!?」
松本公子の間の抜けた声が響き渡る。封筒を手渡された満島弁護士が平静を装いながら、その中身を確認する様子に、記者たちのフラッシュが激しく交錯した。






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