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「めんどくさいついでにさ。約束を破ることにするね」
話が長くなるからと、湯から上がることを提案し脱衣所でバスローブを羽織ったともみに、ルビーも続いた。
ラグジュアリー・スイートのリビングに戻ると、その広さに改めて圧倒される。壁の三面がガラス張りで、天井高は4メートル近いのではないだろうか。
ともみは、2人分の温かい緑茶を入れてから、無垢の一枚板で作られたテーブルを囲むように配置されたソファーに沈み、その対面にルビーを促した。
「明美さんは、ルビーを捨てたわけじゃない。いや、結果的に捨てたことになってしまったのかもしれないけど、彼女ももがき続けていて…それでもどうにもならなかった事情があったの」
なぜそんなことを知っているのかと責められることを予想していたけれど、ルビーの反応は意外なものだった。
「やっぱ、そうか。とも姉があの人のことで必死になるのは、何かを聞いて同情したからだと思ってた。で?あの人は何て?」
信じるか信じないかは別として、一応聞いておくよ、と茶化すでもなく冷静なルビーに、ともみの方がひるんでしまった。本来なら明美から話すべきことであり、赤の他人の自分が介入するのは違う。でも。
病室での光景を目の当たりにしてしまった今、明美の口からルビーに伝わるのを待つ余裕はもうなかった。偽善だと思われても、恨まれてもいい、と、ともみは覚悟を決めた。
「ルビーのお父さんがいなくなった理由、ルビーは何て聞かされてた?」
「仕事の都合でアメリカに帰った、って聞かされたけど…なんとなく分かってたよ、アメリカで新しい女でもできて、アタシたちを捨てたんでしょ?」
近いけど違うのだと、ともみは明美が打ち明けてくれたことを1つずつ伝えていった。
ルビーの父にはアメリカにも妻子がいたこと。
父はアメリカの妻子を選び、明美はそのショックで心を病み、PTSDを発症させ…それこそが、ルビーと離れなければならなくなった原因なのだということも。
「つまり、あの人は父に似ていく私の顔を見るたびに…苦しくなってたってこと?呼吸困難とか…発作を起こしてしまうから…私に会うことにドクターストップがかかってたってこと?」
静かな口調だったけれど、やはり話すべきではなかっただろうかと、ともみの胸はギリギリと痛んだ。
ルビーの表情はむしろ穏やかにさえ見えて、それが益々辛い。でも大切なのはここからの話。絶対に伝えなければいけない。
「ルビーに勘違いして欲しくないのは、明美さんが望んであなたを手放したわけではないってことなの。ルビーが一緒に暮らしてたお祖母ちゃんが亡くなった時、明美さんは入院していたから…面倒を見る人がいないならルビーは施設へ、ってなったんだよね。
でもその時も明美さんは、なんとか母と娘で一緒に暮らせないかと懇願した。
でもね、区の相談所の人に言われたんだって。幼い娘さんとあなたが2人だけで暮らしていて、火を使っているときに突然発作が起きたらどうするんですかって。
命の危険もあることを考えてくださいと。それになにより、母親が自分の顔を見て発作を起こすことが繰り返されれば、今度は娘さんにトラウマが生まれてしまうこともあるのだと」
ルビーは表情を変えぬまま視線を落とし、緑茶に手を伸ばした。
「ルビーが施設に入ってしまってからも——明美さんは、何度も何度もルビーを取り戻そうとしたんだよ。
でもその度にお医者様や児童相談所の許可が下りずに…ようやく症状が回復したと認められた時にはもう…ルビーは中学を卒業する歳になっていて、自分の意志で施設を出ていくことを選んでいた。ルビー、明美さんと一緒に暮らすことを断ったでしょ?」
一緒に暮らしたいと提案した明美を、もう二度と会うことはないと拒んだルビーは高校へは進学せず、年齢をごまかして六本木のキャバクラで働き始めた。その後、光江に拾われたのだ。
「明美さん、ルビーが働いてたキャバクラに突撃したこともあるし、最近ではポールダンスもちょこちょこ見に行ってたらしいけど、知ってた?」
目を見開いたルビーに、ともみは続けた。
「最低な男に騙されちゃったのは、明美さんの自己責任だし、どんな事情があっても、6歳の娘を手放して、私は親に捨てられた子だって思わせたんだから、確かに――母親としては失格なのかもしれない。それがルビーにとっての事実なのもわかる。でもね」
ともみは姿勢を正し、まっすぐにルビーを見つめる。
「明美さんは、男を選んでルビーを捨てたわけでも、ましてや望んで離れたわけではない。本当は絶対に——絶対に離れたくなかった。取り戻そうと必死だった。それもまた事実だってことだよ」
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この記事へのコメント
ともみ、よく言ってくれたけど
今週も切ないなあ
こんな女の友情うらやましい