「彼らは独立しなかったのではなく、できなかったのではないですか?逃げだすことのできない契約で縛られていたり――恐怖で支配されていたり…」
アート界のキングメーカーと呼ばれる紗和子に才能を認められたとなれば、大きな舞台が用意され、間違いなく売れる。無名のアーティストなら尚更、どんなに不利な条件でも紗和子と契約したいと思うだろう。
けれど名が売れるようになったならば、独立を試みるはずだ。もっと自由に、もっと収入を得るために。だが稼げるようになった途端に独立されては、無名時代から投資してきたギャラリーには損が残る。だから最初から長い年月の専属契約を結んでおくことが多いのではないか。ともみは自分が生きた芸能界にも存在した、通称“奴隷契約”を想像した。
さらに、紗和子を敵に回せば業界で生きていけなくなる、と暗黙の了解のように思っている人は多いだろう。生きるレジェンドはその存在だけでも脅しになるはずだから。
「ばかばかしい」と、紗和子は眉間に皺を寄せた。
「私の使命であり、活動意義は――知られざる才能を発掘してスターにすることですよ?恐怖で支配し縛り付けるなど、そもそも美学に反します。
もちろん、利益はギャラリーの運営や新たな才能の育成のために必要ですから、それなりには頂きます。けれどうちの歩合は、基本的にアーティストが6のギャラリーが4。アーティストが7、うちが3の時もある。これは業界の常識において破格のはずです」
それに…と紗和子は続けた。
「契約は3年ごとの更新。引き留めたことは一度もありません。もう羽ばたく時だと私から手を放したことはありますが、いつもアーティスト側が更新を望むのです。
もちろん、望まれるギャラリストであるための努力は不可欠。創作に悩み手が止まった時に手助けができる視点と意見。世界中の誰との仕事を選べば、そのアーティストの才能が伸びていくのか。新しい知識を学ぶために今でも講義を受けますし、美術の情報に触れない日は一日だってない。
だからアーティストは私を信頼する。そして私も彼らを信頼し、利益や可能性を与え続ける。その関係が他に付け入る隙を与えなかった。それこそが――私が、この30年をアーティストたちに捧げ、築き上げてきた信頼です」
恐怖による支配など、作られたイメージが独り歩きしたんですよ、と紗和子はグラスの柄を撫ぜた。
「キングメーカーなんて呼び名をつけられたせいで、私に…うちのギャラリーのアーティストに手を出せば、業界にいられなくなるという噂が、まるで真実のように流れています。確かに私にはその力があるでしょう。けれど手を下したことなど一度もない。それは美学に反するから…なのですが」
今回、はじめて下してみることにしました、と紗和子の深紅の唇が小さく歪んだ。






この記事へのコメント
いやー安い日用品とかのデザインは、簡単にゴミ箱行きになる所までこだわるのかなぁ…。 例えば草間彌生氏なんて食器から文房具、傘やら食品パッケージ、ヴィトンやビルとのコラボまで幅広いけれど「耐えられない」とか思わないような…。 凡人が考えた復讐劇は所詮凡人レベルで終わるのかも?!