「なにが、ですか?」
「きっと、ともみさんは、時間をかけて学んでいるはずです。この店に置かれている全てのグラス――おそらく光江さんが選んだ一脚、一脚、その価値はもちろん、どの酒にはどんな大きさが合うのだとか、客に合わせたグラスの出し方の定説をね。
でも、直感やセンスだけで、ともみさんの努力をやすやすと越えていくルビーさんみたいな人が存在してしまう。
それを悔しく思わないのか、と。いわゆる天才系のルビーさんのような人をどう思っているのかと聞いているのです」
ともみは、ほんの小さくだけれど、思わず声を漏らして笑ってしまった。その反応が意外だったのか、こちらもほんの小さく目を見開いた紗和子へと笑みを整え、「失礼しました」と、氷を削る作業に戻る。
「もうとっくに諦めています。紗和子さんはおそらく、私の過去を調べ上げてここに来られた。であれば、ご存じのはずです。
私が、少し容姿が良いだけで芸能の世界へ入れてしまっただけの、天性のセンスなどない凡人だった、ということを」
なぜ自分を調べ上げてきたのか、その目的はともみには見当もつかないし、聞くつもりもないが。
「昔は随分、天才と呼ばれる才能を妬み、時には憎んだことさえあります。誰より努力したつもりでも報われず…だから努力は必ず報われるとは今だって思えません。でも、もう本当に、心から、どうでもいいんです。というか、そんなこと気にする暇がなくなりました」
ほう…と紗和子がまるでドラマに出て来るお爺さんのように、顎に手を当てた相槌を打ち、ではなぜ、と続けた。
「光江さんに出会って以来、ついていくだけで必死の日々ですから。それにこの店を任されてからは余計に余裕がありません。自分の感情などより、お客様にとって…」
今、何が必要かを考えるだけで精一杯…と言うと、きれいごとになりすぎる気がして、言葉に迷ったともみは、紗和子が今日初めて、心からの興味を注いでいるような視線を自分に向けていることに驚いた。
「ともみさん、驚きました。あなたは私側の――こちら側の人間なんですね」
「それは…どういう意味でしょう」
「歓迎しますよ。あなたが望むかどうかは別にして」
「だから、どういう意味なのか…」
問うたともみに答えるつもりはないようで、紗和子は、「訂正と忠告を一つずつ」と、姿勢を正してから続けた。
「まず訂正を。私が自ら進んでともみさんのことを調べ上げたと感じていらっしゃるようですが、違います」
「どういうことですか?」
「そして忠告です」
「答えてもらえないんですね」
「西麻布の女帝を…光江さんを信じすぎると痛い目にあいますよ。あの人…あのババアは紛れもない天才です。でもだからこそ、聖人君子ではなく…私たち凡人にとっては毒になりますから」







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