パーティールームに設けられたアイランドキッチンで、子どもたちの前から一旦引き上げたクリスマスケーキにナイフを入れる。
ケーキはもちろん、無難な生クリームのいちごショートだ。
本音を言えば、もっと大人っぽいケーキが食べたいけれど…。
アルコールが入っていたり、苦味がアクセントになっていたりする凝ったケーキは、3歳の子どもたちにはまだ早い。
他のママたちとも相談した結果、豊洲のショッピングセンターの中にある洋菓子店の、一番癖のないいちごのショートケーキを準備することになった。
「はーい、もう食べられるからね〜」
ケンカにならないよう均等に分けたケーキに、チョコレートや砂糖でできたサンタやトナカイ、プレートも平等に分けていく。
集まってくれたママたちで口にするのは、少しのスパークリングワインとちょっといいおつまみ。
それから、デコレーションをなにもかもを子どもたちにあげてしまったあとの、まるはげの雪山みたいなショートケーキ。
きっとこれが、大人になるということ、人の親になるということなのだろう。
世の中のママたちは、こういうケーキを「美味しい、美味しい」と言ってニコニコと食べる。
お友達との楽しいパーティーは夜まで続き、みんなが帰ってしまって寝る時間になっても、菜奈はすっかり興奮しきっていた。
「菜奈、もう9時だよ。ほら歯磨き!」
「キャー!」
「こらこら、歯磨きしない子のところにサンタさんはくるのかな〜?」
走り回る菜奈を後ろから羽交い締めにして、脇腹をこちょこちょとくすぐる。
菜奈に機嫌よく1日を終えてもらうために、歯磨きひとつとってもこんなふうにいろいろな工夫が必要なのだ。
本当は、六郎さんにも手伝ってもらえれば助かるんだろうと思う。でも、この時期の編集部の忙しさは私にも分かるから、文句を言うつもりはない。
それに、「平日のクリスマスなんていうのはこんなもの」という話は、もっぱら日中のパーティーでのママ友たちとのトークテーマだったのだ。
菜奈の通う幼稚園は母親の仕事が多く、専業主婦家庭が多くを占めている。
いわゆるお受験対応幼稚園でもあるからか生活水準も割と高めで、どこのお宅も多かれ少なかれパパたちは仕事で忙しい。
子育ての主軸は、どこも母親。我が家だけじゃない…という共感は、まるでマルチビタミンのサプリみたいだ。
健康を保つために必要な気がするし、罪悪感が少しだけまぎれる。効いているか効いていないかはわからないけれど。
すっかり寝息を立てはじめた菜奈の様子をうかがいながら私は、窮屈なシングルベッドからゆっくり身を起こしてみる。
「ウ…ン…」
小さな手が、私の胸にしがみつく。どうやら今夜の寝かしつけは、もう少しだけ時間がかかりそうだった。
添い寝を続ける私の頭に浮かび上がってくるのは、日中のママ友との様々な会話だ。
「うちのパパなんてもう全然!外面がいいだけで、家では何もしてくれないんだから!」
「うちのパパもだよ〜。しかも、夕飯の前に平気でおやつあげちゃったりするし」
「わかるー!早紀さんは?ご主人、雑誌の編集長だったよね。かなり時間不規則なんじゃない?」
「うん。六郎さん…あ、うちのパパは、とにかく夜遅くて。菜奈には週末くらいしか会えてないかも」
「そうなんだぁ。でもさ、余計なことするくらいなら留守にしてくれるほうがいいって説もない?」
「わかるー!2人なら夕食とかも手抜きできるしね。こうして早紀さんの家にもみんなで集まれるし」
ケラケラと楽しげにパパの愚痴を言い合うママ友たちを前に、私はやっぱり今日も、ホッと胸を撫で下ろしていた。
どの家もそうなのだ。“彼”は“パパ”になる。子どもが生まれたら、夫婦は変わる。
「家族を作ろう」と覚悟して結婚した夫婦でもそうなのだから、授かり婚だった六郎さんと私は、きっとなおさら落差が大きいのかもしれない。
私と六郎さんは、恋人同士から急にパパとママになってしまった。解決法は見つからないまま、相変わらず私は鬱憤をSNSで晴らし続けている。
実は、「カヌレの約束を忘れられた」とThreadsに書き込んだあの日からずっと、六郎さんとの会話はめっきり減ってしまった。
翌日酔いから醒めた六郎さんに何度も謝られたけれど、その「ごめん」は、私にとってあまり意味をなさない。
私が楽しみにしていた約束は、六郎さんにとっては特別楽しみなものではなかった。どれだけ謝られたって、それは事実なのだから。そこにはただ、深い“溝”があるだけ。
だから──。
最近の私は、菜奈の寝かしつけと一緒に寝てしまうことが多い。
何時になるかわからない六郎さんの帰りを待ち続けるのも馬鹿らしいし、いざ帰ってきてくれても、寝かしつけでウトウトしていたのに六郎さんにウイスキーを注ぐより、そのまま寝てしまうほうがずっと楽。
そう気づいてしまった結果、びっくりするくらい会話がなくなってしまったのだ。
少し寂しいけれど別に、我が家だけに限られたことじゃないから平気だ。
― はあ。パーティー、楽しかったけど疲れたな。
菜奈の寝顔を見ながら、ため息をつく。本当は今夜も疲労に任せてこのまま寝てしまいたかったけれど、さすがにそうもいかなかった。
だって、今夜はクリスマスイブなのだ。菜奈のところには、サンタさんがやってくることになっている。
そのためには、私の体にしがみつく小さな手をそっと引き剥がして、子ども部屋のベッドから起き上がる必要があった。








この記事へのコメント
あの電話で双葉ちゃんに早紀との約束すっぽかした件を相談して提案されたのかもしれないね。
別に皆と同じようにうちのパパ言わなくてもいいと思う。面倒くさそうなママ友たち。 話の内容は良かった!今日だけでなくこれからも妻に優しく&山崎は自分で注げ!