当時、どんな経緯で萌香と正輝くんとの結婚が決まったのかどうかは、俺の知るところではない。
その話を聞く前に、莉乃から少し妙な話も聞かされていたから意外ではあったけれど…。
この頃の俺は、再び自分の嫉妬心に気づいてしまったことで、正輝くんの話は意識的に避けていたのだと思う。
「萌香ちゃんが浮気してるかもしれない…」
そう莉乃から相談されても、「放っておけよ」としか言わなかったはずだ。
だから、結婚が決まって4人でしょっちゅう会うようになっても、これまた「萌香ちゃん、よかったな」くらいの感想しか持たなかった。
けど、正輝くんが莉乃に婚姻届の証人になってもらうよう頼みに来た、あの夜は違った。
「嬉しいです。秀治さん、莉乃さん。私たちのために、ありがとうございます」
正輝くんの隣で頭をさげる萌香の耳が、真っ赤になっていたのだ。
― ああ。彼女まだ、戦っているんだ。
直視できない悲しみと同時に、強い怒りに襲われたことを覚えている。
その結果。
ハワイから帰国しているママのホテルに泊まるという莉乃と別れ、ゴルフの疲れでベロベロに酔っ払った正輝くんを送り───。
俺と萌香は、悲しみを分かち合った。
怒りと悲しみに身を任せ、激しく萌香を抱きながら、考えていた。
― ほら、こうなる!男と女の間には、こうなる可能性がある!
ホテルになだれ込む直前。ふたりで飲み直したバーで、萌香は涙を流していた。
「莉乃さんとのことはいいんです。でも、結婚式にもたくさんの女友達が来るんです。
私、理解したくて頑張ってるんです。でも、知れば知るほど心配だけが募っていく…」
この子は俺だ。虚勢を張ることができなかった俺の姿だ。男女の友情などゆるすことはできない。そう言えなかった俺の姿だ。
そう感じた途端、彼女の、親友の、その婚約者だった萌香は、胸が張り裂けそうなほど愛しい女性へと変貌していた。
おそらく、こういうことだったのだろう。
正輝くんと莉乃の揺るぎない友情を前にしても疑心暗鬼になってしまうのは、きっと俺たちがこういう人間だからだ。
「性別を超えた友情なんて言っても、やっぱり、間違いが起きる時には起きちゃうでしょ」
そう言われることが一番嫌だ、と、昔なにかの時に莉乃が言っていたっけ。
それでもこうして、ことは起きてしまう。
全ては不確かだから。あらゆるものに可能性は存在するから。
「それでは、指輪の交換を…」
クッションの上に置かれた結婚指輪を手に取る。
2年経った今、莉乃と正輝くんがどうしているのかはわからない。
慰謝料は受け取ってもらえなかったけれど、「ゆるす」という言葉ももらえたわけではない。
きっとふたりは、俺たちに傷つけられて、酒を交わし合って、そうしてカラッとした友情を続けているのだろう。
本当にお互いになにもなく、性別を超えた真の友情を。
萌香の細い薬指に、指輪を嵌める。萌香も、俺の薬指に指輪を嵌める。
一方の俺と萌香はこれから、こうしてお互いを縛り続けるのだ。
お互いを心配させるようなことは、きっと一切ゆるさない。
俺たちにとっては心地良くもある「疑いつづける」という愛情は、莉乃や正輝くんのような人間には耐え難い苦痛なのだろう。
「誓いのキスを」
牧師に促されるがまま萌香のベールを上げ、キスをする。
パートナーがいながら婚約中の女性を寝取った男と、寝取られた女。
こんな僕たちのことを、だれもゆるしてくれないかもしれない。
俺たちを見守る参列者は、そう多くない。お互いの親族と、これまでの経緯を知らない友人たちが少しずつ。
だけど、しかたのないことなのだ。結局、人間には種類がある。
“絶対”がある人間と、そうでない人間。お互いきっと、理解し合えない。
俺たちの犯した罪は罪だけれど…彼らを理解しきれなかったことは、罪ではないと思う。
まばらとも言える拍手の中、俺と萌香は唇を重ね続ける。
頭の中でふと、莉乃と暮らしていた頃のなんでもない朝のことが思い出された。
「ねえ。…人って、ゆるしあえないのかな?」
ゆるせなくて、ごめん。
だから、ゆるしてくれなくてもいいよ。
Fin.
▶前回:「幸せだけど…」結婚まで秒読み段階で、30歳男が婚約者に感じた妙な違和感
▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?






この記事へのコメント
でもスッキリした、正輝も莉乃も友情云々やってて無神経だった事は確かだし! 秀治さんが幸せならそれでいい。
でも、「まさか最後は萌香と秀治でハッピーエンド?」というコメント前に見た気がする。大どんでん返しは面白いけど、細かい部分が全く見えなかったのはあまりにも残念。 もしかして、season2に続く?🤣