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TOUGH COOKIES Vol.36

なぜ男は彼女に弄ばれるのか?消えたり現れたりする「魔性のテイカー女」の本性

SUMI

メグを見据えた光江の迫力に、ぞくり、と、ともみの背筋に冷たいものが響いた。流石のルビーも、食べる手を止めて固まっている。けれどメグだけは…静かに目を伏せてから、一拍ののち、恐れのない視線を光江に戻した。

「都合のいい男だなんて思ったことは、誓って一度もありません。でもあの時は…自分がどれだけずるいことをしているか承知の上で逃げました。ミチなら絶対に私を許して受け入れてくれる。そんな驕りがありました。いや、きっと今もあるんだと思います。

ミチには本当に助けてもらってばっかりで…申し訳ないです」

「光江さんの大切なミチを…本当にすみません」と、メグは深々と頭を下げ、どんな罰を受ける覚悟もできていると示すかのように、もう一度まっすぐに光江を見つめた。西麻布の女帝に凄まれれば、裏社会の強者たちでさえ怯むと言われているのに。仕事柄の強さなのだろうか。

ともみは大輝に、ミチの元恋人は世界を飛び回るジャーナリストなのだと教えてもらっていた。命をかけて修羅場を潜り抜けてきた経験値と度胸が違うのかもしれないと、ともみは感心したが、光江には全く響いていないようだった。

「アンタの極めて自己中心的な懺悔なんてどうでもいい。聞きたいのは、今日までの過去の話じゃなく、これからのことだ。ミチとの関係をどうするつもりか決めてくれ、って言ってるんだよ」

ともみは驚いた。いくらミチが光江にとって大切な後継者だったとしても、他人の恋愛事情に介入する光江を初めてみたからだ。それにその強い口調が、どこか光江らしくないと違和感もあった。

「ミチのことがずっと…大好きです。この世界で、たった一人の大切な人だという確信もあります。でもどうしても……私は自分の仕事を捨てることができません。世界中で理不尽な状況と闘い続けている人がいて、そんな人達を知ってしまったなら、見過ごすことはできないんです」

「だから、助けにいく?アンタの取材のせいで行方不明になった女の子を探し出すことがアンタの責任だと?」

やっぱり光江さんは全てご存じなんですね、とメグが目を伏せて呟き、光江がまた鼻で笑った。

「アンタは今、理不尽な状況で苦しむ人を見過ごせないと言った。でも10年前、アンタのすぐそばにも“理不尽に苦しんだ男”がいたはずだよ。心から愛していた女に、大好きだからこそ別れたいと、理不尽に、一方的に捨てられた男が

メグが虚をつかれたように目を見開く。

「せめて大嫌いになったと突き放して別れるのが礼儀だろ。なんだい、大好きだからこそ別れるっていうのは。そのせいでその哀れな男は——ミチは、想いを断ち切れないままに長い時間を過ごすことになった。アンタは別れ際の“大好き”って言葉でミチに呪いをかけたのさ。それは理不尽だとは言わないのかね?

自分が愛した男すら幸せにできない女が、世界の幸せのために闘ってるつもりだってことがおかしくて仕方ないよ。メグ、アンタが高い理想を掲げるのも、そのせいで自分が苦しむのもアンタの自由だ。でもうちの大事な大事な忠犬を過去に縛り止めるのは、金輪際やめてくれ」

黙ったまま唇をきつく噛みしめたメグを気にせず、光江は、稲荷寿司の鶏そぼろ味を、ポンっとその大きな口に放り込んだ。そしてしばらく咀嚼したあとで、ライムリッキーを一口含む。

「うん、氷が解けても悪くないマリアージュだ。100点満点だとは到底言えないけど、炭酸が抜け始めてもライムとウォッカが塩梅良く仕事して、油揚げと鶏そぼろに爽やかな味をのせてる。整理するっていうテーマは成功してるよ」

自分に移った視線に、ありがとうございます、とともみが小さな声で答えると、光江は再びメグを見据える。

「カクテルの味を決める極意は、何を足すかではなく、何を手放すかだとアタシは思ってる。その見極めを間違えたなら、味は崩壊する。それは人生も同じ。それをミチには教え込んだはずなんだけどねぇ」

光江に射貫かれたメグは、何かを言おうとしたけれど結局黙ってしまった。光江に指示されたルビーが稲荷寿司が入っていた紙袋を持ってくると、光江はそこから大判の茶封筒を取り出し、テーブルの上をメグの方に滑らせた。


「…なんですか…?」

弱々しく聞いたメグに、光江が「開けな」とだけ告げた。

メグはおずおずと、封筒の中から数枚の紙を取り出した。ともみの位置からでは内容は見えなかったが、裏面から透けたその文字は日本語ではなく、外国語のようだと感じだ。

「これ…まさか…リリアがどこにいるのかわかったってことですか…?」

興奮を含んだメグの声が震えた。光江はどうでもいいことのように、そうだけどさ、と続けた。

「その子がどこにいるのか、具体的な居場所を渡すことも。その子を救う助けになる人材を紹介することもできる。ただし……今度こそミチをきちんとフッて——もう二度と会わないという約束をしてくれることが条件だけど」
「…え…?」

メグが書類を握りしめる音が、くしゃり、と響いた。

「メグ、アンタは自分がテイカー(Taker)だと自覚しな。常に優先するのは自分の利益ばかりで、他人から…ミチから与えてもらうばかり、奪うばかりだろ。

そしてミチは、哀れなほどにギバー(Giver)だ。どこまでも惜しみなく、アンタに全てを与えようとしてしまう。自分の幸せが何なのかってことすらまともに考えず、いつだってアンタを優先する。そんな自己犠牲で成り立つ愛なんてあの子にこれ以上抱えさせたくないんだよ。

メグ、アンタもあの子の生い立ちを——少しくらいは知ってるはずだ。だったら尚更、自分が何をすべきか分かるはずだけどね」


▶前回:恋を長続きさせるために、絶対にやってはいけないコト。わかっているのに、28歳女はつい…

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:11月4日 火曜更新予定

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この記事へのコメント

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No Name
メグに対してずっと感じてた嫌悪感とかイライラ、モヤモヤを光江さんが言語化してぶった斬ってくれてスッキリした。やっぱりカッコよくて素敵だわ。昼食はいなり寿司にしよw
2025/10/28 08:0625Comment Icon1
No Name
姑がお嫁さんを選びますよって話🤣 ルビーの空気読まない所が好き。
2025/10/28 06:1824Comment Icon1
No Name
またまたすごい濃いぃ内容…
リリアの件を解決させてミチと結婚するんじゃダメなんだろうか🥹
2025/10/28 05:4421
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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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