「その紙袋、お土産。アンタたちがお腹空かせてたら、と思って買ってきたやつだから」
「もちろん空いてる、空いてま~す!」
そう言うと、ウキウキと紙袋を開き、上品なからし色の風呂敷に包まれた箱を取り出したルビーに、ウソでしょ!?あなた、ついさっき、サーターアンダギーを10個間食した人ですよね!?と、ともみはぎょっとする。
箱の中には、ひと口サイズが有名な稲荷寿司が入っていた。ふわふわとした揚げにくるまれた酢飯に混ぜられているのは、くるみや、鶏そぼろ、ごま、明太子など。
舞台やコンサートの前にメイクを済ませた俳優たちでも、大きな口を開けずに食べられるサイズは差し入れにもいいし、深夜に小腹が空いた時にも丁度いいのだと光江のお気に入りなのだ。
「じゃあ、この稲荷寿司に合いそうなカクテルを作ってもらおうかね。全員分同じでいいよ。今日はアタシのオゴリだ」
光江の何気ない“合うカクテル”という注文に、腕が試されるのだと背筋が伸びたともみとは対照的に、いそいそと稲荷寿司を取り分けていたルビーは、オゴリ、いえーっす!と鼻歌まで歌い出した。
― 稲荷寿司に合うカクテル…か。
白ワインを選ぶ方が安全だが、カクテルをというオーダーだ。カクテルは工夫次第でどんな食べ物にでも合わせられるものだと、ともみはミチに叩き込まれてきた。
甘い揚げと酢飯の酸味。そして今日光江が選んできた味は、くるみと鶏そぼろ。奇をてらわずシンプルな作りにしようと、ともみはライムを2つ取り出し、それぞれ半分に切った。
氷を入れたロンググラスに、ライム半分を絞り切り、その後ウォッカとソーダを、静かに丁寧に注ぐ。そうすることでグラスの中に“層”が生まれ、口にした時に、その層が舌の上で順番に現れ。つまりそれぞれの味をしっかりと味わうことができるのだ。
今夜はともみもルビーも座って飲むよ、と、光江は、長方形のローテーブルをソファーがぐるりと囲んだ席に、ルビーへ稲荷寿司を運ばせた。
長辺の両側に2人掛け、短辺の両端に1人掛けが置かれた6人席に、ともみが4人分のカクテルを運んでいくと、光江はその2人掛けの片方を、ゆったりと1人で独占していた。
「乾杯の数だけ、幸せになれるからね」と、グラスを全員に促したあと、1口、また1口とゆっくりとカクテルを味わった。そしてグラスを静かにテーブルへ戻すと、ともみに視線を向けた。
「ライムリッキーか。意図は?」
メグとルビーがそれぞれ1人掛けを選んでいたため、光江の正面に座るしかなかったともみが、それに応える。
「テーマは“整える”です。まず、揚げとそぼろの甘辛さと油を考えました。それぞれの強い味のバランスを整える感覚というか…ウォッカとソーダで甘辛さと脂っぽさを溶かして融合させる、そしてライムの酸味が酢飯と共鳴してまとまる、そんなイメージです」
「くるみは?」
「くるみのことは正直に言って考えませんでした。くるみならどんな酒でも邪魔にならないかと」
マリアージュのカクテルを考える時、まず守るべきテーマを決める、ということはミチに教わった。一度に出る食材が多い時、最も強い食材を軸に考えていく。全てに合わせようとすると味がぼやけてしまい、失敗するのだと。
「正解。何もかもをと欲張りになれば、一番大切にするべきものを失くしてしまう。それは人生も同じさ。だろ?メグ」







この記事へのコメント
リリアの件を解決させてミチと結婚するんじゃダメなんだろうか🥹