「乾杯〜」
掛け声と共に合わせたグラスの中身は、ジンジャエールだ。
莉乃とここに来るといつも注文するのは、ナポリピッツァとビールだった。だけど、今日はどちらからともなく2人ともジンジャエールを頼むことになった。
莉乃がどうしてソフトドリンクを注文したのかはわからない。単純に、このあと仕事があるのかもしれない。
だけど、俺がアルコールを頼まなかったのは、せめてもの萌香への誠実さのつもりだった。
辛口のウィルキンソンジンジャエールを舐めながら、ゆっくりと思い出す。
昨日の信号待ちの間の、萌香とのやりとりを。
「え、なに?本当に、なんかやましいことがあるの?」
きっと、ものすごく情けない表情をしていたのだろう。
助手席の萌香にそう言われた時、俺は腹を括ることしかできなかった。
萌香には、嘘をつくことができない。
「いや、やましいってわけじゃないんだけどさ…一度だけ、莉乃とお茶だけしてきてもいい?明日の昼」
本当であれば、昨日のうちに萌香に伝えるべきだったのかもしれない。
だけど、何かあった時のために会って話しておきたかったのだ。昨日、俺の方から莉乃にLINEをしたということを。
「いや…。この前うちの親と食事して、じゃあ本格的に婚約ですねーってなった時に、確認したの覚えてる?
周りの友達とかにも、結婚決まったってこと伝えていいかな?って。それで昨日、莉乃にもLINEしたんだよね。そしたら、明日お茶しないって誘われて…」
もともと俺と莉乃が会うことを萌香が嫌がったのは、「莉乃にヤキモチを妬いてしまうから」という理由だったのだ。
こうしてプロポーズも成功し、親も公認の婚約者になった今、さすがに萌香も不安に思う気持ちは払拭できたんじゃないかと思う。
現に、この前までエスカレート気味だったデートの激詰めや鬼LINEは、婚約をしてからはめっきり落ち着きを見せていた。
LINEや電話は俺からしたらやっぱり多いけれど、内容は不安の「ふ」の字もなく、ごくごく可愛らしい「好き」とかのやりとりでしかない。
だけど、赤信号の車内に走るこの緊張感は、一体何なのだろう?
自分でもわからない。もしかしたら、「婚約したことを伝えてもいい周りの友達」には、莉乃は入っていない可能性はないだろうか?
― 俺、もしかしてやらかしてるかな?やっぱり会うのはダメだったか?
知らず知らずのうちに萌香に疎外感を感じさせてしまうという痛い目を一度見た俺は、「萌香も一緒に」と言っていいのかどうかもわからなかった。
― 萌香的には、ダメなのかな。きっと莉乃のことだから、「お祝いの言葉くらい会って伝えたい」と思ってくれたんだと思うけど…。
諦めて言葉を撤回しようとした、その時だった。
ハンドルを見つめていた俺の耳に、萌香の声が聞こえたのだ。
「あ、ごめんボーっとしてた。もちろんいいよ!お茶もいいけど、ランチでもしてきたら?」
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