A1:気遣いのカケラもない男だった。
圭太から河口湖への旅行に誘われたのは、1週間前のことだった。
「みんなで河口湖へ行こうって話していてさ。急なんだけど、奈緒の今週末の予定は、どんな感じ?碧夫婦ともう一組、優太とその彼女が来るよ」
「そうなんだ。空いてるよ」
「良かった!じゃあせっかくだし一緒に行こうよ」
「空いてる」と言ったものの、私は一瞬考える。うまく立ち回れるとは思うけれど、初対面の人ばかりの場所に飛び込むのは、自分の中で極力避けたい行為でもある。
「でも私、人見知りだしな…大丈夫かな」
「大丈夫だよ!みんないい奴だし。優太の彼女は会ったことないけど、碧の奥さんもいい人だし。きっと仲良くなれるよ」
知り合いの紹介で知り合い、圭太とは付き合って4ヶ月。3歳年下だけれど、彼は、優しくて頼れる良い彼氏だ。
そんな彼氏の学生時代からの友達との旅行を、断るわけにもいかない。私だけ「行かない」のも変だろう。だから私は、行くことを承諾した。
そしてあっという間に、約束の日はやってきた。
当日は、圭太の親友でもある碧くん夫婦が車を出してくれて、圭太の家まで迎えに来てくれた。
「碧、ありがとう。こちら奈緒です」
「初めまして、奈緒です」
圭太に紹介され、私は頭を下げる。碧くんは圭太とどこか雰囲気が似ており、爽やかで、良い人そうだった。
「お〜遂に。お噂はかねがね。碧です。こちらは妻の里穂です」
「よろしくお願いします」
そして碧くんの隣には、妻の里穂さんがいた。華奢で可愛らしい女性で、二人揃ってにこやかな笑顔で迎え入れてくれたので、とりあえず胸を撫で下ろす。
― いい人たちそうで良かった…!
こうして車へ乗り込み、碧くんの運転で河口湖を目指す。車内では色々と碧夫婦が話しかけてきてくれたので、私も気を使いながら会話をしていた。
「じゃあ圭太くんと奈緒さんは、奈緒さんのほうが少し年上ってこと?」
「そうなんですよ。3歳だけですけど。里穂さんたちはどんな感じなんですか?」
「私は碧くんの3歳下だから、奈緒さんとは6歳差だ」
― 6歳も年下なのか…。
会社の後輩だったら誰の世代だろう、なんてつい考える。そして話しながらもなんとなく、里穂ちゃんの私に対するタメ語などの感じからして、今回の旅メンバーのヒエラルキーが見え隠れする。
「そんなに差があります?なんか緊張するな…」
「ウケる。せっかくだし、今回は気楽にいきましょうよ」
私は圭太とは付き合い始めたばかりだ。一方の里穂ちゃんは結婚もしているし、このメンバーとの親交も深い。新参者の私が言えることはない。
そんなふうに色々と状況把握をしている間に、ふと隣を見ると、圭太はすっかり寝落ちしていた。
― この状況で、私一人に喋らせて寝るの…?
今日、私は皆様と初対面だ。しかも若干肩身が狭い立場だ。せめてこの場をセッティングした彼氏ならば、援軍をするとか。話を回すとか。色々とやることはある。
それなのに呑気に寝ている圭太に、私は本気で脚でもつねって叩き起こそうかと思った(それをしなかったのは、私の優しさでしかない)。
結局ずっと寝ている圭太をよそに、無事に河口湖へ到着した私たち。
チェックインをしていると、優太くんカップルもきて、ようやくみんなが揃った形になった。
そして買い出しをしてみんなでBBQ…と何とも楽しそうな響きの一泊二日の旅行。しかし私にとっては、ここからかなり長い夜の幕開けとなった…。
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