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TOUGH COOKIES Vol.29

曖昧な関係から恋人に進展した日。絆を深いものにするために、女が彼にしたコトとは

SUMI

「大輝さんもコーヒー、飲みますよね?今日はどの豆がいいですか?」

ともみの部屋には大輝の好きなコーヒー豆がいくつか置かれていた。大輝が持ってきたものばかりだけれど、フラれても捨てきれずにいた豆をまた使えるということに、ともみの胸がまた弾んだ。

「大輝」
「え?」
「ともみちゃんも大輝って呼んでよ。あと、時々敬語になるのもやめて欲しいな。ね?」

拗ねたように体を起こした大輝に、「この会話、中学生カップルみたいでかわいくない?」と、笑顔を向けられたら、断われるわけがない。ともみが頷くとその笑みは満足げなものに変わり、「コーヒーは自分で淹れるよ」と、大輝は何度目かのあくびをしながら近づいてきた。

大輝がともみの部屋に置き、コーヒー豆と同じく捨てられずにいたグレーのスウェットの上下。腕も足も丈が足りていない間抜けな恰好でも、好みが過ぎるそのルックスにうっかり酔いそうになるが、ともみには、眠れぬ間に決意したことがあった。

― 今、じゃないかもしれないけど。

タイミングを計っていたら、きっといつまでも聞けない。大輝とずっと一緒にいたいからこそ避けてはいけないと、ともみは切り出した。

「ちゃんと話したいの」

今日の豆を選んだ大輝が、それをミルに入れながら、「なにを?」と聞いた。

「キョウコさん、でしたっけ?彼女とのことをきちんと教えてください」

大輝の手が止まった。

「ずっと長い間——報われなくてもいいと想い続けていた人を、なぜ諦められたのか。あ、私に告白してくれた気持ちを疑ってるわけじゃないんですよ?

ただ…人の気持ちってそう簡単には変わらないものだと思うから。だからもし、今はまだ私が1番じゃなかったとしても、大輝さんが彼女を本当の意味で諦められていなかったとしても、私は別にいいと思っているんです」

ともみは、さっき大輝に言われたばかりなのに、早速呼び捨てにはできず、敬語にもなったと気づいたけれど、言葉は流れ出てしまったし、大輝にもたぶん、それを咎める余裕はないようだった。

「大輝さんから私と付き合いたいって言ってくれた。ならば、私にはそれを聞く権利があるし、教えてもらえなければ、きっと…私は彼女の影を感じながら、なにかと大輝さんを疑ってしまう気がして。

私は、大輝さんのことが本当に好きだから。できればずっと一緒に入れたらいいなって思うからこそ、教えてもらいたいんです。それに」

手を止めたままの大輝を、まっすぐに見上げてともみは続けた。

「私、欲が出ちゃいました。もう2番目の女ではいられない。大輝さんの最愛になるって決めたので。今も大輝さんが、そのキョウコさんにほんの少しでも想いを残しているのだとしたら、私は彼女に勝たなきゃいけない。だったら現状把握が大事でしょう?」

いたずらっぽい笑顔を意識して作ったともみを、大輝はしばらく呆然と、探るように見つめ続けた。やはり無茶なことを言ってしまったのだろうか、と、ともみが気まずくなりかけたとき、大輝は、ふっと表情をやわらげた。

「さすがだね。そういうとこがすごく好きだよ。ほんとかっこいい」

大輝はともみの頬に触れ、素早くその唇にキスを落とすと、笑顔で続けた。

「ともみちゃんの聞きたいこと、なんでも話すよ。オレ自身が整理できてない気持ちもあるかもしれないけど、隠したりしたくない。それにもし、ともみちゃんが望むなら——会ってみる?…キョウコさんに」
「会、う?」

自分の覚悟をはるかに超えた大輝の提案に驚きながらも…ともみは、キョウコと会うことを決意した。

その、一週間後。


― 今日はもう、客はこないかもな。

26時を過ぎたBAR・Sneet。会計を始めたカップル客以外は誰もいなくなった店内を見渡しながら、ミチが早じまいを考え始めた時。

「あらま、今夜は客の引けが早いねぇ。ま、丁度良かったけど」

カップル客と入れ違うように入ってきたのは、西麻布の女帝こと、光江だった。

「こんな遅い時間に、珍しいですね」

最近の光江は、“年寄りらしく生活する”ことにハマっているようで、21時には寝るということにしているらしい。

光江に夜の会合や相談を断られ続けている各界の大物たちから、どうにかならないものかとミチにも連絡がきているが、光江は誰かの意見で自分の行動を変えることは絶対にない。だから。

― 飽きるまで待ってくれとしか言えないな。

光江の早寝早起き生活が始まって丁度1ヶ月程。今のところ飽きる様子は全くなく、むしろ活き活きとしていることが、今夜の光江からもよくわかる。

「アンタのために、ババア生活を中断して来てやったんだろうが。死ぬほど美味い酒以外はお断りだから、気を抜くんじゃないよ」

そう言いながら、4人が座れるソファー席へ向かった光江はいつもより少しだけ早足で、エメラルドグリーンのロングドレスの裾先がふわりと膨らんだ。珍しく苛立ちが感じられるなと、ミチはもう何も言わずに、ただジントニックを作り始めた。

この記事へのコメント

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🤣
2ページ目の二人が寝ているイメージ画像、邪魔かも。 この連載は書き手のスキルが素晴らしく読みながら情景が浮かぶので挿入画像は無くていいと思った。特に人物の画像は....
2025/09/09 05:3925Comment Icon1
No Name
この連載は少しづつ、でも確実に張り広げた伏線が回収されるのでそこが一番面白い所ですね。キョウコさんとの出来事も徐々に明らかになるんだ!!と嬉しくなったらまさかともみちゃんと会う事になったなんて....
メグの件はかなり複雑だけど、多分今はメンタルズタボロ状態なんだと読み取りました。とにかく続きを早く読みたいですね。
2025/09/09 05:2814Comment Icon2
No Name
ミチは本当に心からメグの事を大切に思ってるんだね。逃げ癖発言した光江さんに対して声を荒げてしまったり。 メグにプロポーズ断られてからずっと誰とも結婚せずにいたミチ。これを機会にメグと幸せになって欲しいと思うけど、多分メグはまた行ってしまいそう。「でも最後は絶対に…自分で闘うことを選ぶ女です」と言いきったミチはやっぱりメグのことを一番理解している男なのかも。
2025/09/09 06:4710
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TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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