ともみは、一度壊れたはずの恋が実ったことが本当に夢のようで、今この瞬間にでもその夢から覚めてしまうのでは、と、交互に押し寄せる幸せと不安の波に翻弄されていた。
― 今までの恋愛って、なんだったんだろう。
アイドルとしての成功を目指していた頃は恋愛はご法度だったけれど、人生でモテなかった時期などともみにはなく、数えきれない程の人に好意を寄せられてきたし、芸能界を辞めてからは、興味を持てる相手ならともみもそれなりに応えてきた。
けれど彼らは誰一人として、ともみの想像を超えることはなかった。大輝だけがともみを苛立たせ、揺さぶり、衝動的にする。
― 本当に、私らしくない。
帰ると言った大輝の腕を思わず掴んでしまった、10代のように暴走する自分の恋心が、ともみは怖くなる。
それでも、体を重ねてしまえばその勢いで、いつものように振舞えるはずだと自分に言い聞かせていたともみの強がりを見抜いたように、シャワーを浴びるのも、ベッドに入るのも、大輝がそれとなくリードしてくれた。
「今日は、はじめから抱きしめて眠りたいな」
鼻先が触れあいそうな距離まで腰を引き寄せられ、とろけそうに愛おしげな瞳を向けられると、顔から火を噴き出しそうとはこのこと…と、ともみは慌てて背を向けた。大輝がくすっと笑った気配を首元で感じると、その長い腕に背中から包みこまれる。
大輝とベッドにいるのに、ただ抱きしめられて眠るだけというのは初めてで、どぎまぎと落ち着かないともみの肩に大輝が顔をうずめてささやいた。
「これからは、ともみ、って呼んでもいい?」
「…え?」
「オレたちって始まりが始まりだからさ。ってオレが甘えてただけなんだけど。何かをわかりやすく変えた方が、お互いの意識もちゃんと変わるかなって。ダメかな?」
「…別に…いい、です、けど」
「よかった。じゃあおやすみ、——ともみ」
弾んだ声でともみの首筋にキスを落とした大輝は、しばらくすると穏やかな寝息を立て始めたが。ともみは“初めての呼び捨て”の破壊力に…なかなか寝付くことができなかった。
◆
「…おはよ」
ともみの部屋はそう広くはないけれどリビングがある1LDKだ。起きてきた大輝が、ソファーでコーヒーを飲んでいたともみの隣に当然のように座ると、ごろん、と、その膝に頭を預けてきた。
— ひ、膝枕!?
「まだ全然寝てられるなぁ」
あくびをしながら、ともみの膝で目を閉じた大輝は朝があまり得意ではなく、目覚めるまでにいつも時間がかかる。そのけだるげさが色気に直結して危険…ということは知っていたけれど、恋人になるとそこに、無防備な甘えモードまでが加わってしまうのかと、ともみは自分の心臓がもつのか心配になってきた。
「ともみって、今日は17時に店に着けばいいんだよね」
さらりと呼び捨てにした大輝に、眠る前のやりとりを思い出したともみの胸がぎゅんっとときめき、フワフワしたまま「そうです」となんとか答えた。
「じゃあ今日は2人でゆっくりできるね」と目を閉じたまま微笑んだ大輝に、なんともいえない愛おしさがこみ上げ、ともみは思わず大輝の柔らかい髪を撫でた。今日はずっとこうしていたい。…でも。
― ちゃんと話さなきゃ。いったん落ち着こう。
誘惑に抗うように、口元をぎゅっと引き締めたともみは、大輝の頭をそっと自分の膝からおろすと立ち上がった。
この記事へのコメント
メグの件はかなり複雑だけど、多分今はメンタルズタボロ状態なんだと読み取りました。とにかく続きを早く読みたいですね。