「は?」
ともみは混乱しながら語気を強めた。
「それってただ、便利な抱き枕を手放したくないって話に聞こえますけど」
答えようとした大輝を、ともみが遮って続けた。
「確かに、私は大輝さんに他に好きな人がいてもいいからって関係を始めた。でも告白してフラれたあとまで、誰かの代わりになるつもりはないんです。私にもそれくらいのプライドはあるんだから」
「ともみちゃんを、代わりにしようなんて思ってない。たぶん、最初からともみちゃんとキョウコさんは違ってたんだよ、きっと。代わりになんかなってなかった」
キョウコさん。大輝がフラれてもなお、恋焦がれていた人妻の名が、ともみの胸を容赦なく刺し、感情を逆撫でする。
「私とそのキョウコさんが違うのは、わざわざ言われなくても理解済みですよ。ただの抱き枕が最愛の人の代わりになんかなれるわけないですから。それにさっきから、たぶん、とか、きっと、とか、フワフワした表現ばっかりで、結局何が言いたいのか全くわから…」
ない!という怒りは、大輝の胸に吸い込まれた。大輝がともみを引き寄せ、抱きしめてしまったからだ。
「ごめん、ちょっとだけ、黙って」
「…離して、ください」
「あと、その敬語やめて」
「だから離してって…」
「話を聞いてくれるなら離す。聞かないって言ってもこのまま話すけど」
― 怒らせた…?
大輝の声が冷え切った気がして怖くなったともみが離れようともがくたびに、余計に強く抱きしめられた。
「…聞きます。聞きますから、離してもらえませんか」
「…ほんとに?」
「はい、本当に」
大輝はフゥっと大きく息を吐いてから、ともみを離すと、ごめん、と言った。
「ともみちゃんが怒るのは当然で、100%オレが悪い。でも全部正直に話すから…それでダメなら、もう二度と、ともみちゃんには会わないようにするし、近づかないって約束する。
だからこれが最後だと思って、聞いてもらえるかな?」
キャラメル色の大輝の瞳が、不安そうに揺れながら、でもまっすぐにともみを見つめた。これが最後という響きへの動揺を隠しながらともみが頷くと、大輝はホッとしたように微笑んだ。
「箱根で…ともみちゃんの告白を断ったあと、酷く胸が痛んだし、もっと違う言い方があったんじゃないかとか、すごく後悔したんだ。今までそんなこと一度もなかったのに。イヤな言い方に聞こえるかもしれないけど、誰かの好意を断ることなんて、日常茶飯事だったから」
好意を断ることが日常茶飯事だなんて、普通ならイヤミなナルシストとしか捉えられないような表現をさらりと言ってのけても様になるのは、大輝に育ちの良さによる品があるからだろうと、ともみはこのような状況でも思わず感心してしまう。
「最初はその痛みを、いつも側にいてくれたともみちゃんへの情が湧いていて、だから辛いんだろうなって思ってたけど、ともみちゃんからの連絡が途絶えたら…すごく寂しくなって。このまま会えなくなるのはイヤだなって思った。
その感情がなんなのか…今日Sneetに行くまでよくわかってなかったんだけど、ここまで一緒に歩きながら、自分じゃない男がともみちゃんの隣を歩いてるとことか、その男とともみちゃんが付き合い始めたらってことを想像してみたら、すごくムカついた。
その男にぴったりくっついて眠るのかな、って思ったら、ああ、それは本当にイヤだな、って思っちゃって。誰かに奪われるのがイヤならこれは――オレがともみちゃんを好きってことなんじゃないかなって。なら、なんで告白を断ったんだよって、言われたらその通りなんだけど…」
「オレ、わけわからないこと言ってるよね、ごめん」と、恥ずかしそうな大輝に、ともみはもう、自分の気持ちを抑えきれなくなっていた。
― 我ながら…チョロすぎる、とは思うけど…。
大輝がともみのことで頭を悩ませ、まだ見ぬ誰かに嫉妬し、好きなのかもと戸惑い、そしてそれらを正直に言葉にしてくれていることが、情けないほどにうれしくなってしまっている。
「たぶん、とか、きっと、とかっていう表現になってしまうのは、不安で自信がないからだと思う。
ともみちゃんとのことは、今までの恋とは違い過ぎて、初めての感情だらけでよくわからなくて。だけど、今ありのままの気持ちを伝えないと、ともみちゃんを失くしてしまうと思ったから、情けなくても全部を伝えようと思ったんだけど…」
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メグの精神状態が心配だけどきっとミチと一緒に居れば大丈夫かな…